放課後、屋上。
 突き抜ける青空は、いっそ清清しい。
 けれど、わずかに視線をずらすだけで荒涼とした廃墟群があることを忘れてはならない。
 ゲットーと租界。
 わずかに区切られただけなのに、明確で露骨な区別と差別。
 見るたびに、ルルーシュもスザクも深く思うのだ。
―――嗚呼、このままではいけない。
 これでは、嘆く人々がいたずらに増えるばかりである。
 戦争に負けたからいけないのか。
 戦争に勝てばこんなことにはならなかったのか。
 答えは否だろう。
 ブリタニアは強国だ。第一陣を退けたところで、物量でこられれば日本に勝てる道理は無い。
 仮にブリタニアと一時的に停戦へもちこめたところで、中華連邦がおとなしくしている筋合いはない。
 今なおアジア地域の王者と思っている中華連邦にとって、サクラダイト鉱脈を大量に保有し喉から手が出るほどにほしい 日本という国を残しておく意味はない。
 国力が疲弊しきったところを、援助という名目で食われるのがオチだろう。
 だが、だからといって現状を認めるわけにもまた。いかないのだ。
「スザク」
「ん………?」
 吹く風は、そろそろ秋を孕む乾いて涼しいそれ。
 日本の湿度に、嫌々ながら慣れたのはいつのことだったか。
 ルルーシュはもう、覚えていない。
 死んでからどれだけの月日だったのか、ルルーシュは切に覚えている。
「お前は俺に、どうなってもらいたかった?」
「………え?」
「お前、ゼロ、嫌いだろ」
「憎んでさえいる。彼のせいで、多くが死んだよ」
「多くも救われたけどな。……お前なんて、救われた第一号だろ」
「そりゃ、そうだけど……」
 けれど認められぬと、唇を立てて明後日のほうを向く。
 スザクは、誤解している。
 クロヴィス殺しの冤罪で助けられたのだと。
 だが、それより前。スザクは、ルルーシュに助けられている。
 魔女C.C.と契約した、もっと前。
 それによって、スザクは父親殺しという暴挙に出てしまったのかもしれないが。
 それでも、彼の精神は誰とも仲良くなれぬという子供心を確かに救ったはずだ。
 もっとも、ゼロとルルーシュが同一であるということを知らぬスザクには、察しようもないことだろうが。
「俺じゃあお前の内部改革を、サポートすることもできないしな」
「なんでさ! ルル、頭いいんだから。大学出て、政治家とかになってサポートお願いしたいのに」
「馬鹿。ブリタニアの貴族社会を舐めるな。徹底的に身辺を洗われるんだぞ。なれるか」
「なんで?」
 きょとん。としながら首を傾ぐ彼に、馬鹿につける薬はないと、早々にルルーシュは言葉をきった。
 反論するスザクの言葉など、全て聞き流す。
 そうしてから、この男は本当に軍に自分の情報を欠片も漏らしていないのだろうかと不安になった。
 黒髪はともかく、皇族特有の紫の瞳は特徴的過ぎる。
 軍の上層部に知れれば、確実に正体がバレる。
 そうなれば、今までの苦労が水の泡だ。
「貴族に怪しい奴が近づけるわけないだろ。それに、のし上がっていけばマスコミだって目をつける」
「人の目を集めることは、世論を動かすのに重要なファクターじゃないの?」
「会長からの入れ知恵か? 自分で考えて出した言葉じゃないなら使うな。突っ込まれたらそこでアウトだ」
「う……。了解」
「会長が言うことも、間違っていない。一理ある。黒の騎士団があそこまで名前が広まったのは、やっぱりオレンジ事件が原因だろうしな」
「ルルーシュ、不謹慎だよ」
「人の口には戸が立てられない、ってことだろ。……だが、まぁ。マスコミは、あくまでも人間組織だからな。こちらが隠せば、絶対に首を 突っ込んでくる」
「隠しごとなんてしないで、正々堂々とした政治をすればいいじゃないか」
「………それは、現在進行形でリヴァルやシャーリー、ニーナにカレン。他にも、クラスメイトを欺き続けている俺に対して言うことか?」
 そこで、ようやく彼は自覚した。
 ルルーシュは政治家には、絶対になれない。
 そんなものになってしまえば、彼は嫌でも皇族に連れ戻される。
 ナナリーも一緒だろう。
 ルルーシュを押さえるには、ナナリーを押さえればいいことなど皇族たちは知っているはずだから。
 それで済めば良い。
 だが、今更継承権者が現れれば迷惑なだけだろう。
 暗殺もありえる。捨て置かれる程度とはいえ、いないならそれに越したことはない。
 もしくは、彼を非業の皇子として祭り上げることで自らの地位を向上させることを目論む者も出てきかねない。
 更にはアッシュフォードの責任が問われる。
 爵位を剥奪されただけではなく、財産の一切も奪われる危険さえあるのだ。
「お前は、いいな」
「え………?」
「正攻法で変えられると思えるだけの、立場にいて」
 自分には、到底無理だと。
 つぶやきは弱く流れた。
 正しい方法で得た結果でなければならない。
 間違った方法で得た結果など、間違いでしかない。
 なるほど、それは正しいだろう。
 だが、彼の言う間違った方法でなければ剣を取ることさえ出来ない者はどうしたら良いのだろう。
 彼の言う、正しい方法をどうあっても使うことが出来ない者は、それだけで資格が無いとでも言うのだろうか。
 何かの矛盾を、突かれたけれど。
 言及しないというルルーシュの優しさによって、スザクは語を殺してしまった。
 


***
 ルルーシュは絶対に政治家になれない。
 だったら、あの状況で、あの情勢で、あの環境で、テロリスト以外になんの道があったというんですか枢木さん。 


茨の冠




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