付き従うように、半歩遅れる男が二人。 双方、静かな歩調と笑みが印象的である。 金の髪をゆらと揺らし、主に随伴する従者のように敬意あふれる態度であった。 けれどそれは、この場にいる万人が認めてはならぬものである。 何故ならば、その二人を従える人物は仮面をしていた。 黒衣に身を包み、顔を曝け出すことのない人物は国際的にも有名すぎるほど有名な反逆者。 ―――ゼロ。 何故この男が皇位継承者、それも二位と三位というより高位の彼らを従えるというのか。 認めてしまえば、ブリタニアという国家の敗北になる。 故に、その場にいる全員は現状を認めるわけにはならぬと逆に凝視していた。 例外は皇帝のみであろう。 他は、列席する皇妃たちもまた驚愕の表情であった。 誰かが、従う一人の名を震えながら呼ぶ。 クロヴィス皇子が、何故。 殺されたはずでは。 ざわめき、囁き程度であろうとも、内容が同じであれば耳に届く大きさである。 聞こえるそれらに、思わずのような失笑をクロヴィスは零した。 仕方ないとも思わせるような、苦笑である。 それに気づいたのか、不意にゼロが足を止めた。 ゆぅるり振り返れば、足元を美しくマントが撫でた。 「大丈夫だよ、ゼロ」 今はまだそう呼んだほうが良いのだろう? 柔和というより、緩い笑みに、ゼロの首が縦に動く。 だが、それでも気遣うような様子を感じ取ったのだろう。 兄であるシュナイゼルが、苦笑を漏らした。 「全て覚悟をした上で、ここにいるのだから。気にする必要はないさ」 「兄上は、少々私に冷たくはありませんか」 義弟の言葉に、はてとボケた振りをする二人を見やり、仕方なさそうにすると踵を返し一直線に伸びる皇帝のもとへとゼロが歩む。 雑談は目配せをする必要もないほど即座に終了し、また彼らは主に付き従い歩き出した。 警戒に親衛隊たちがガチャりと動く素振りを見せるが、全て黒の騎士団に抑えられる。 皇帝と、ゼロを含む三人の間に敵などいなかった。 「―――お久しぶりです。皇帝陛下」 「生きていたか、クロヴィス」 「幸いなことに」 ゼロの背後で、いっそ嫌味とわかるほど丁寧な礼をクロヴィスがする。 シュナイゼルへ一瞥を向ければ、そこは付き合いの長さか皇帝からの睥睨を笑みのひとつで彼は一蹴した。 そうしてから、ようやっと仮面の青年へ目をむける。 否、こうして年長者の彼らと居並ぶからこそわかる。 ゼロはまだ、少年と呼んでも差し支えのないほどの背丈しかない。 成長期か、それに順ずる程度の年齢であろう。 「仮面を外す度量もない人間に、仕えるか。皇族が情けない」 低く恫喝するような、荒げる声ではないだけに恐ろしさをひしひしと胸中に抱かせる声。 存在感に、圧迫されるような男を前に。 ゼロは、嗤った。 仮面で分からずとも、気配でわかったのだろう。 訝しげな様子を、皇帝は浮かべた。 「お久しぶりです。皇帝陛下」 ゆっくり、仮面が外される。膝はつかない、牙など剥く必要はない、食って掛かる意味などない。 ゼロとして、切り捨てられた皇子として、ルルーシュは嗤った。 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。……いいえ。ゼロとして、貴方のもとにたどり着くのが、俺の生きてきた目標だった」 足元に放られた仮面は、けれど毛足の長い絨毯に受け止められて音も立てない。 黒の騎士団員も、はじめて目にする首領の幼さに絶句を隠せない。 ただ、入り口で壁に背を預けていた魔女だけが鼻で笑う。 ルルーシュ、ゼロ、ルルーシュ、ゼロ。 ざわめきは、けれどシュナイゼルが一瞥するだけで静まり返る。 これが出来るからこそ皇帝に一番近いとされる男であり、これが出来ないからこそ総督に留まっていたことをクロヴィスは自覚している。 ゼロの正体が、皇族であった。 衝撃を受ける周囲に、けれど当事者たちはかまわないようだった。 「母様が亡くなられた時、貴方は仰った。俺には何もないと。だが、もう違う。―――揃えてきたさ! 俺の軍を、国を、力を、騎士を!!」 一瞬で沸きあげられた激情の言葉に、息を呑む気配が上がる。 この場にいる貴族や皇族たちは、知っている。 母が死んだことに対し、怒った少年の姿は。 皇位継承権などいらないと、皇帝に吼えてかかった愚かな少年の姿を。 笑い話にしかならなかったはずの、少年が。 今こうして、場の主として存在していた。 「兄を騎士とするか」 「主と騎士が同意をすれば、関係ありませんよ。皇帝陛下。そして私は同意した。この子の力に、なってあげるとね」 利害関係かなにかであることは、少し考えればわかるはず。 それでも、騎士という形にしたのは信頼と信用の問題だろう。 シュナイゼルは、なにも公に扱われているような公明正大清廉潔白人間ではない。 だが、そうであろうと彼に膝をつかせたというのは脅威に値すべきであろうと皇帝は冷静に考えた。 なにしろ自分でさえ、シュナイゼルを本当の意味で従えたとはいえていなかったのだから。 「貴方の時代は御仕舞いだ。ブリタニアは、世界にいらない」 ゼロの腕が伸びる。 まっすぐに、銃口は皇帝を見つめている。 「俺の欲しい世界に、貴方はいらない」 引き金に指がかかったところで、クロヴィスが短く声をかけた。 もはや、名を隠す必要がないためだろう。 幼いころのように、ルルーシュ。と、呼ぶその声は場違いなほどに優しかった。 今更ながらに止めるのかという戸惑いに、義兄は笑ったままだ。 「主の手を汚させるわけにはいかないんだぞ、ルルーシュ」 汚い仕事を、進んで喜んで引き受けるのが騎士の役割だと言えば。 汚い仕事を、自ら行うからこそ騎士を従える主だと返す。 短いやりとりは、短い銃声に壊されて消えた。 「………シュナイゼル」 「兄上、が抜けているよ? ルルーシュ?」 「俺は撃てとは、言っていない」 「主の願いを叶え、それを当然とするのが騎士だよ。綺麗ごとを守るために、汚いことをするのが私たちの役目だ」 仕事を奪うものではないと、シュナイゼルは微笑む。 じわりと広がっていく血の赤が、貴族たちを青く。黒の騎士団たちを喜びに染め上げていく。 銃弾一発で、人が死ぬわけではない。 銃で人が死ぬのは、鉛中毒や衝撃、失血のせいである。 そう易々と人が死ぬわけではなく、証拠に皇帝は生きていた。 唇を引き締め、ルルーシュは壇上に上がった。 此方を睨み付けてくる視線に、幼いころの恐怖が蘇る。 けれど、それを支えるようにクロヴィスが、シュナイゼルが、一歩前に出て、視界に収まってくれた。 たったそれだけで安堵を得られるのだから、現金なものだ。 自身を一笑に付すと、改めて拳銃を突きつけた。 遠くで、銃声が聞こえる。 *** りくえすとあんけーとより、ruriさんより頂きましたので書いてみました! なんというか、カオスな展開で申し訳ありません・・・orz クロヴィスは、死んだことにして黒の騎士団やってました(本文中で言え |