作戦概要を確認していたゼロ、否、ルルーシュが、不機嫌げにその瞳を細ませた。 なにか不備でもあるのかと、藤堂の冷静な声にそうではないと、一度は否定の声音。 だが、そうであってもなにか納得出来ぬのか考えこむように口元で手を組んだ。 悩みはじめた彼を見やれば、幹部は一度息抜きするべく肩から力を抜いた。 首領の正体が、エースパイロットの同級生と知り、実は以前藤堂と見知った相手であったと知られて少々経つ。 日本人の順応性とは大したもので、大抵の者が最早彼の姿について気にとめていない。 そもそも、カレンですら十代の少女でありながら黒の騎士団のエースパイロットであり、キョウトから委ねられた紅蓮弐式のパイロットなのだ。 驚きが継続するほうが、おかしかった。 紅茶とコーヒーをそれぞれに回してもなお、考え込んでいるルルーシュに、はちみつ色の髪を払いながら科学者が小首を傾ぐ。 「なぁにぃ。なにか問題?」 「いや。不備も問題も無い。……扇」 「あ、あぁ。なんだ、ゼロ」 「このプランでいくと、三日ほどヨコハマゲットーを中心としたほうが安全だな」 「そうだな……。あとは、旧カワサキにまで軍を撤退させることも可能だが」 「いや、それはやめておこう。あの辺りは、この間の戦闘で瓦礫が多い。いざという時、逃走経路が寸断されては困る」 「じゃあ……。そうだな。ヨコハマゲットーが一番だと思う」 「そうだよな……」 どうしたものかと考えこむルルーシュの眉間に寄っていた皺を、カップを持つのとは反対の手でカレンが弾いた。 彼女としては大した力を入れていなかったはずなのだが、ビシ。と露骨に痛い音がした。 周囲が、思わずうわ。と顔を歪めたが、本人は気付いてないようだった。 僥倖である。もし気づかれれば、そんな強くはしていない! と、真っ赤になりながら大慌てついでに大暴れしたことだろう。 「………いきなりなんだ」 「なにかあるの?」 「………」 「そーやって黙ってちゃ、わからないでしょうが! あなたはちゃんと、黒の騎士団としての責任を果たしてる! 今までだって、すごくあたし達 のことを考えてくれてたこと、ちゃんとわかってるわ。なのに、あなたがそうやって考えてる、ってことは、個人的なことなんでしょ? 話してみて よ」 「俺の、ひどく個人的なことだ。お前たちには……」 「だから、そういうのが嫌だって言ってるでしょ! 少しはその陰険な胸のうちをさらす練習でも、したらどうなの?!」 ビシ、と指先を突きつけられ、いささかルルーシュは面食らったが。 すぐに、苦笑しながら指先を下ろすようやんわりと手を動かした。 「……俺の、ひどく個人的なことなんだが」 「えぇ」 なに。と、聞く姿勢なのは、カレンだけではない。 扇も、ディートハルトも、藤堂もラクシャータも。 彼の胸のうちを、聞こうとわずかに身を乗り出す。 「母様の、命日と被るんだ」 「………え」 「毎年、ナナリーと一緒に花を捧げに行く。本当の墓なんて本国だし、そもそも今もちゃんと残っているかわからないけどな。ルーベン……、 うちの学園の理事長だが。彼が、母様のお墓をせめて参れるところに、ってこっちにも作ってくれているんだ。母様の遺骨はないが、思い出の 品が眠っている」 家族の話を、そういえばはじめて聞く。 今更ながらに、彼らはゼロ――ルルーシュという少年がどれほどのものを胸に秘めているのかまたわからなくなった。 彼の思考は深く、広い。 その中で抱える想いは、いったいどれほどのものになるというのだろう。 「そういえば、もうそんな時期か」 「あぁ。藤堂に会ったのは、こっちに送られてきてからだからな」 「しかし、そうなると……」 「母様の葬式も、ろくにさせては貰えなかった。……あの男は、そういう人間だからな………!」 軋むような音が、ルルーシュの奥歯から上がる。 憎悪の炎が紫の奥にめり、と上がったが、それを無理に飲み下すようでもあった。 「……桐原公にも伝えさせてもらおう。幼少期の君らを知る者として、せめて君らの成長を墓前で報告させて貰いたい」 「その気持ちだけで十分だ。桐原老人になんて動かれたら俺の存在が、バレかねない」 それもそうかと、藤堂が肩を竦めたところで。 ゼロの過去に興味があるのだろう。 痛いほどの視線を、カレンやラクシャータ、なによりディートハルトから注がれていることに気づき咳払いをした。 「では、せめて私だけでも。マリアンヌ殿に直接お目にかかったことはないが、彼女もまたKMF乗りとして誇り高かったと聞いている。 閃光のマリアンヌといえば、日本でも有名な方だったからな」 今自分の息子も乗っていると知れば、さぞや驚くだろうと話を変えるつもりか、言った藤堂の言葉は。 ルルーシュの絶句によって、止められた。 「………うん?」 なにかおかしなことを、と武人は首を傾けた。それで、彼が天然だったことを知る。 「閃光のマリアンヌって、マリアンヌ皇妃ぃ?」 そして気づかなくて良いことを気づくのが、女性というものだった。 ゆらゆらと煙草の詰まっていない煙管を揺らして科学者は問いかけてくるが、その瞳は獲物を見つけた狩人よりも鋭い。 逃げることを許さぬ笑みに、逃げ場などないとわかっていても気持ち身体が後退した。 「ゼゼゼゼゼゼ、ゼロ?!」 「ル、ルルーシュくん? もう面倒くさいから、この際隠し事はなしにしちゃわない?」 「………藤堂………」 明らかに動揺している扇とカレンからの注視を受けて、ルルーシュは憾み骨髄といった表情で睨み付けた。 が、歴戦の武士にそんなもん通じるはずもなく、素直にすまんと謝られる。 それを見て、千葉と朝比奈が「そんな素直な藤堂さんに俺たち一生ついて行きます!」と決意を新たにしているのはこの際脇に置いておく。 「……いいな。口外は本当にやめてくれ。アッシュフォードに迷惑がかかる」 「わかってるわ」 「……俺とナナリーの本名は、ブリタニア。ミドルネームはヴィ。母の名はマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。母様が殺されたことで皇族からは廃さ れているし、既に死んだものとなっているが俺たちは直系の皇族だ。ちなみに、ユーフェミアは俺の妹にあたる。腹違いだけどな」 空気が凍りついた。 知っていた藤堂はどうという風もないし、その藤堂が反応しないため四聖剣も冷静だが周囲はそうもいかないようだった。 「あ、え、皇族?!」 「あぁ。但し、俺は既に死んでいる。ディートハルト、その端末からでも調べられるだろうが先に言っておくぞ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと、 ナナリー・ヴィ・ブリタニアは日本がブリタニアに攻め込まれた際に、戦争に巻き込まれ死亡しているとなっている」 手元のノートPCを引き寄せようとして、ディートハルトはやめた。 それが、事実でありわざわざ調べようとするのは無駄でしかないと悟ったためだ。 「言っておくが、俺はブリタニアを赦さない。母様を殺し、ナナリーから光と自由を奪い、それを当然とする皇帝を、国を、俺は絶対に赦さない。 壊してやると、幼い頃から決めていた。……だが、お前たちが黒の騎士団を皇族が起こした茶番だと、思うのも当然だろう。―――ゆえに」 諦めた色なぞ微塵もみせず、高貴とされるアメジストの瞳を笑みに細めてルルーシュは言った。 「お前たちの好きにするといい」 絶対の自信が、そこにはあった。 裏切らないという、自信。 否、彼らは裏切れない。ルルーシュという、ゼロという、こんなにも鮮烈な存在を、裏切れるはずもない。 目を奪われるとは、このことを言うのだろう。 彼以外、目に入らなくなる。 ふと、修羅の道を行くと、ゼロは宣言していたことを思い出す。 けれど、彼が歩いているのはそんなものではない。 覇王の道だ。 ごく自然と、誰もの胸にそんな確信だけが芽吹いた。 *** りくえすとあんけーとで、のえるさんから頂きましたので書いてみました〜。 ビバピザがアホすろっとる全開だったので、今回真面目に、と思ったらなんかごちゃごちゃに……。すいませんーーーorz |