だからこれは。 残酷な夢。 嗚呼、私は笑っていよう。 お前が否定すると言った、世界で。 私はいくらでも笑っていよう。 彼女の骸を踏みつけて利用して。 私は永遠に笑っていよう。 慕うものすべてを裏切り怨嗟を背負っても。 私は笑っていよう。 お前が私を殺したがっても 憎くて憎くてたまらなくて。 私に絶望の瞳を向けたとしても。 私は笑っていてやろう。 そしてお前が出来ぬことをしよう。 贖罪ではない。 断罪でもない。 これは私の願いの道。 悪夢に満ちた、運命という動力で動く覇道。 「はじめまして、スザク・クルルギ? 不思議な名字だな」 「………」 「ルルーシュ・L・V・シュヴァルツシルトだ。父が急逝してしまったから、この歳で子爵という地位だが……。どうか出来るなら気にしないでくれ。 私は普段中華連邦にいるのでね。君とも、あまり顔を合わせられなくなりそうだというのに、他人行儀というのは心苦しい」 社交界でもないこんな席に、自分のような若輩者がいることこそ可笑しいのだと。 年若い、皇族以外持ちえぬといわれる紫暗の瞳を細めて笑った。 貴族だからねぇ。 の一言で、スザクは驚くほどパーティーへの出席が増えた。 たいていの場合は、場に慣れていないとしてロイドの妻となり気心の知れているミレイがついていてくれる。 が、彼女とて挨拶周りが必要な身だ。そういつまでも彼にひっついていられないし、そもそも既婚者である彼女に甘えきるのはスザクの良心が咎めた。 煌びやかな会話に慣れぬまま、けれどどうにか必要最低限の顔と名前を照合しつつ挨拶回りを終えて。 ボーイからシャンパンを貰い、一息ついた際に呼ばれた声音に文字通りスザクは固まった。 けれど、話しかけてくる相手は気にする様子もないままだ。 「そういえば、君も親しくしているというナナリー嬢と、アスプルンド伯爵夫人には先程ご挨拶をさせていただいたのだが、双方とも麗しい限りだ。前にするだけで、緊張してしまった」 「………! ナナリーに近づいたのか……!」 「おや? なにか、失礼だったかな。彼女は君の婚約者だったか?」 「………違う、けれど。でも、君は、その、彼女の、ナナリーのお兄さんに似ているんだ……。だから、混乱させてしまうかもしれない」 衝撃から立ち直った低くスザクがつぶやけば、何事もなさそうにルルーシュ・L・V・シュヴァルツシルトは微笑む。 艶やかな黒髪の下には、衣装に合わせた黒い眼帯。 それが、鈍く光る気さえして。 スザクは、眩暈を覚えた。 彼は殺したはずだった。 流体サクラダイトを胸に装着して、撃てるものならばと言った彼を、自分は確かに打ち抜いた。 なのに。 彼はなんだというのか。 ルルーシュ。その名は、皇族では忌み名として扱われている。 母をテロリストで失った悲劇の皇子。 日本に送られ、そのまま見捨てられて殺された子供の名前。 スザクの幼馴染にして、仇敵ゼロの、本名。 動揺する彼のことなど、まるで気にかけていない貴族の傲慢さを湛え、ルルーシュ・L・V・シュヴァルツシルトは麗しく唇を震わせた。 「では、彼女に会う時はどうぞ君も一緒に。先ほど言ったように、私はあまりブリタニア本国にはいないし、行動拠点が中華連邦なのだが。 彼女は実に魅力的だ。今度は是非、お茶に誘いたい。足長おじさんを子供のころに愛読していてね。彼女とならば、物語のような関係を築けるかもしれない、と、少し夢をみてしま っているんだ」 幸い点字を読むことも、打つこともスキルとして持っている。 嘘のない様子で言う目の前の青年が言葉を紡ぐたびに、胸に宿る鉛は大きさを増していく。 無言で打ち震えているスザクとは違い、ルルーシュ・L・V・シュヴァルツシルトの態度は堂々としたものだった。 恐れるものなどなにもなく。 ただ、まっすぐでいるような、錯覚さえ起こしそうなほど。 「君は………、本当に」 言葉は、鮮やかなライトグリーンの髪をした女によって遮られる。 再度の瞠目。 けれど、女は白い騎士のほうを気にもせず。 呆れたように、黒い貴族に向き直った。 「ルルーシュ。お前、挨拶周りはすべて私にやらせてこんなところで油を売っていて良いと思っているのか」 「嗚呼、すまない。すぐに行く」 「急げ。私ひとりで場をどうにか出来るほど、ここは生易しくないと知っているだろう」 翻す靴先からのぞく面にも、スザクはやはり見覚えがある。 女は気にせず。それでは、と、一礼をしたルルーシュ・L・V・シュヴァルツシルトにも返せるものは何も無い。 ただ、遠くで戯言のように交わされる言葉だけが耳に届いた。 「こういうシステムは、いい加減変化が欲しいものだ」 「嗚呼、俺が上り詰めて変えてやるさ」 「上り詰めて、か。ふん。どれだけかかることやら」 「外側からの破壊で駄目なら―――内側から。食い荒らして、喰い散らかして、ブッ壊して。そして変えてやろう」 外側からの変革にも衝撃にも、破壊にも。強いのだろう、ブリタニア。 では、内側から打ち崩してやる。 壊してやる。 頑健な鋼を、腐食させるように。 内も外も、これ以上ありえぬくらい壊しつくして新たなものを築き上げよう。 聞こえるはずも無いのに。 人の波に消えた彼らの会話が、耳に届いて。 見えるはずも無いのに。 皮肉げに吊り上った笑みを、スザクは見た気がした。 *** C.C.とルルは魔女と魔王。 白い魔女は箱庭の鍵と一緒に口を閉ざし、白い騎士はなにも言えずに立ち尽くすだけ。 |