深海に注ぐ<モノクロ




「私がお前に与えられるものは、正しい答えではないというのに」
 女の笑みに、少年は赤い瞳を返す。
「いつ俺が、正しい答えなんてものを求めた?」
 嗚呼、そうだったな。
 なんて。
 冷笑を浮かべ、女はうなずいた。
「間違っていてもかまわない。間違っているのが世界だと、いつか認めさせてやる」
「誰に?」
「世界に」
「世界もお前も正しくなかったら?」
 女の声は白い雪のように。
 それは一般論とも極論とも交じり合い、解けて、姿を見せないもののように。
「俺を正しいと認めさせる」
「誰に?」
「運命に」
「……ハッ。それは、また大きく出たな。ルルーシュ。神でさえ、運命には抗えなかった運命には、抗えないのに」
「神などこの世界のどこにもいない」
「いないのか?」
「いないさ。見たこと、あるのか?」
「あいにく、魔女は毎日目にしているが神に会ったことはない」
「自称“勝利の女神”には、会ったけどな」
 言われて、思い出すのが少年と同じ艶やかな黒髪をもったこの国の姫君の姿。
 C.C.はうなずいて、そうだったと同意を返した。
「正しい答えが、欲しいわけじゃない」
「………」
「いいや、そもそも」
 続けられた言葉は、心底からの疑問のようだった。
 すべり落ちた言葉が、少年の本心ならば。
 彼は本当に、年相応の面も持っていたのだという、良い証拠になるだろう。
「間違った答えの、どこがいけないんだ?」
 いわゆる人生の先達は、よく言うじゃないか。
 いくらでも間違え、と。
 だから、間違うことのどこがいけないのだと。
 少年は自然な姿で口にする。
「大勢の命を預かる男の、言葉ではないな」
「後戻りはしない、後悔はしない。後退もな。―――だがそれと、間違うことは違うんだよ。C.C.」
 やり直そうとするわけではないのだ。
 振り向いては未練を引きずるわけでもないのだ。
 選択を誤った。
 可能性のひとつが、結果的に違う方よりも良くない結果を招いてしまった。
 本当は、ただ、それだけのことではないのか。
 間違うということは。
「時間は常に変化し続ける。数学じゃあるまい、一瞬で解けるか? 十年先が、たったひとつの選択で変わるのか?」
 それこそ、生きることを舐めていはしないか。
 死んでいると突きつけられた少年が、嘲弄する。
 <力>を得て、吐息を宿した少年が、宣言する。
「今この瞬間の選択を、間違っているなんてどうしてわかるんだ」
 だって、生きているのに。
 生きているのに。
 変化する未来が、待っているのに。
 選んだことを、間違いだと後悔するだけなんて、そんなこと。
「無駄だろ?」
 冷ややかに、ルルーシュは笑った。
 言葉通り、魔王のように。
 女は応とも否とも返さなかったけれど。
 それでも、魔女は呆れたような羨ましそうな表情を浮かべていた。




***
 きっとルルーシュは、黒の騎士団見捨てて置いてきたことを後悔しないのではないかと。
 その選択を、間違いではないと言い切ってくれるのではないかと思います。
 誰が間違いと言っても、彼にとってナナリーを失う以上の間違いなんてきっとなかったのではなかろうか。





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