須らくみよ、




 暗い研究所内で、ぼうと光るのがディスプレイ。
 連結されているPCは、それぞれが静かにフル稼働中。
 叩かれるキーボードの音はなく、漂うような夜の光は人工の白さよりも尚青い。
 どうにかなりそうだ。
 米神をトン、と、軽くボールペンでノックする。
 カチリ。そんな小さな音でさえ、今はやけに響く気がした。
 データを打ち込み、整理してしまえば後はPCに任せるより他は無い。
 それでも持ち場を離れられないのは、このデータの容量が大きすぎるせいだ。
 止まって放置して一晩無駄にするなど、あってはならない。
 嗚呼、妹の顔が見たい。
 本日何度目かの嘆息とも取れぬ吐息が、口唇から溢れた。
 一体、今日で何日目の泊り込みとなるのか。正直考えたくは無かったが、傍観者の自分が五日目だと冷徹な解を出す。
 無慈悲だ。
 自分にそう思ってしまう辺り、疲労もピークというところか。
 あくびを噛み殺して、ルルーシュはちらとコーヒーを啜る主任を見やった。
 此方もやはり眠そうだが、疲労感は少ない。
 ありていに言えば、慣れかもしれない。
 少なくとも彼は、七年。今のような生活を送っていると考えられる。
 よくやるものだと、肩を竦めて。
 七年。
 自分のいる期間に、少しばかり驚いた。
 七年前の自分は、とにかく必死と驚愕の毎日だった。
 母が凶弾に倒れたことも、妹の光と足が奪われたことも、兄が職を面倒みてくれたことも、姉がなんやかやと面倒を見てくれたことも。
 アッシュフォードへの恩も、忘れたことはない。
 粋がっていても、子供だった自分は随分と彼らに助けられた。
「今も十分子どもであられると思いますけど?」
 アイスブルーの瞳が、ちらと向けられる。
 眉を寄せることを返事とすれば、薄く笑われた。
 長い付き合いだからわかるのだと。それは冗談にしては笑えなかったし、本気ならばもっと笑えないことだった。
 そうまで馴染んだとは、思いたくない。
 この、特派きっての変人に。
「あー。やっとここまで来ましたねぇ。殿下」
「本当にやっと、な」
「いやぁ〜。これだけは予算潤沢に頂けたから、研究進むなぁ」
 のほほんと笑って、ディスプレイ前の椅子に腰を下ろすとロイドは体重を背もたれにかけた。
 軋むはずもなく、余裕で椅子は持ち主を受け止める。
「それにしても、この名前は殿下がお付けになったのでしたっけ?」
「嗚呼。兄上が、特派の開発物として予算請求をするのだから、いっそ揃えればと仰られてな」
「それで、コレですか」
「悪いか?」
「んー。皮肉入ってます?」
「どこがだ」
 言いながらも、ルルーシュの口の端には笑みがともる。
 七年前には絶対になかった、冷笑という名の笑みだ。
「Z-02ガウェイン。ドルイドシステムを、まさか丸ごとKMFに積み込める日が来るとは思わなかったなぁ」
「その分大きくなってしまったし、戦闘パートとは完全に分業になるが」
「司令官機ですからね。護衛も兼ねた騎士が乗るようにすれば、十分でしょう」
 なにより近くで、戦場に立つことが出来るガウェインは画期的だろうとロイドは笑う。
 もっとも、電子戦の重要さを知らなければこのシステムは単なるお荷物としか映らないだろうが。
「クロヴィス兄上や、シュナイゼル兄上であれば、KMFに乗るよりもベースにおられるだろうからな」
「そりゃ、クロヴィス殿下はお世辞にも戦略の才があるとはいえませんし、シュナイゼル殿下は自分の手を汚すの嫌でしょうからね」
 前線に立とうという発想がないでしょう、と、何事もないように言われれば、さしものルルーシュも呻くような声が漏れる。
 この男が皇族という存在に敬意を払わないのはいつものことだが、それにしたって歯に衣を着せない。
 もうちょっと言いようはないのか問えば、笑顔で肯定されてしまった。
「これで、やっと出来る」
「なにかしたいことが、あったんですかぁ?」
「嗚呼」
 ほしいものがあるんだ。
 伺っても?
 言葉に、ルルーシュは優しくうなずいて。
 美しく微笑んで。
 薔薇よりも尚秘められた、口唇を震わせて。


「なぁ、ロイド。俺は世界が欲しい」



***
 嗚呼、それは美しく傲慢な言葉。
 なにもかも捨てて、頷きたくなるほどの。





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