エア・ドアが吹っ飛んだ。 それは見事に、華麗に。 一瞬といわず、呆気に取られた研究員たちが手を止めてドアを見やる。 赤紫の髪と軍服は、軍部においても限られている。 奇人変人の巣窟といわれる特派に来る人間は、そうそういない。 事実、彼女も不本意なのだろう。 機嫌の悪いオーラを、隠しもせずに踵を鳴らして主任へと近づいた。 そのまま、こんにちは、と挨拶する隙さえ与えず右ストレートが閃く。 後に、見ていた全員がこう語る。 『見えなかった』 と。 兎も角、一般研究員程度が視認出来るはずもない右ストレートを、いくら主任とはいえロイドが避けられるはずもない。 むしろこの際、一般も主任も関係ない。みんな揃って、見事に体育会系とは縁のない存在である。 いっそ見事な放物線を描いて、数メートル飛んでいった。 慌てたのは、データ検証のためにグラフを眺めていたルルーシュである。 彼は、姉の性格を少しは知っている。 彼女がいきなりこんな真似を、しでかすはずがないのだ。 ということは。 姉から、ロイドへ視線を移す。 「ロイドさん? なにをやったんですか、今度は」 そこには既に、セシルが笑顔でしゃがみこんでいた。 心配そうにしながらも、その顔は逃がすことはないと語っている。 「なにもしてませんー……よね? コーネリア殿下」 なにもなければ出会いがしらに殴られるものか、と、全員が白々しい眼で見つめるが当の本人は気にする様子もない。 本気でわかっていないため、なんなのぉ? などと呟いていたりもする。 「なにも、だと………?」 地を這う獣よりも恐ろしい声音が、彼女の唇から漏れた。 猛き武人のそれでもって、恫喝する。 「私の弟をお前のオモチャに勝手に乗せておきながら、よくもそんなことを言えるな!!」 空気の振動さえ感じ取れそうなほどの声に、思わず首を竦めたのはほぼ全員。 言葉を砕いて飲み下し、理解するまでに少々の時間を要した。 「………姉上?」 「嗚呼ルルーシュ、無事だったか。怪我は? なにか可笑しなことはないな、されていないか? セクハラパワハラ、あれば直ぐに言え。使えなくしてやるから」 ルルーシュより青みがかった紫の瞳が、燃えていた。 この場合、なにを。と問うのは無粋なのだろうか。そんなことを、豊満な胸に抱きしめられながらルルーシュはひっそりと思う。 言うまでもないだろう。 「あ、姉上、俺がZ-01ランスロットのデヴァイサーチェックシュミレーションテストを受けたのは、ずいぶん前になりますよ?」 「そうだろうとも。先ほど、兄上に聞かされて飛んできたところだから」 「……シュナイゼル兄上からですか?」 「嗚呼。開発途中の玩具のテストに、お前が使われたと聞いてな」 言われて、ことの全容をなんとなく把握した。 既にシュミレーションテストはだいぶ前に行われ、すべて終了している。 報告も、だいぶ前に上げた。 しかしきっと、あの底意地の悪い兄はそれをコーネリアに隠していたのだろう。 そしてつい先ほど、おそらくあったであろう会議の終了時にでも世間話を装って彼女に吹き込んだのだ。 にこにこ害なく笑う兄の姿が眼に浮かび、くらりと眩暈さえした。 「……姉上、大丈夫ですからどうぞ心配しないでください」 「しかしだな……」 彼女にとっては、争いに巻き込まれた彼が争いの道具に触れること自体もあまり好ましいものではないのだろう。 心配は露になっていて、他エリアでささやかれるような鬼神の様など姉からどこも見受けられない。 子供特有の柔らかな様子で微笑んで、抱き込まれるような強さは出せない抱擁を、今度は弟から姉にした。 「俺はどうも、母様の才能は引き継げなかったみたいで」 「そんなことはないぞ! お前の戦略の際は、われら兄弟の中でも飛びぬけているだろう!!」 謙虚なことを言う弟に、即座の否定をコーネリアは繰り出す。 苦笑交じりの礼に、まだなにか言いたげにしていたがそれでも彼女は押し黙った。 「KMF戦は、姉上にお任せします。それに、ランスロットの性能はすばらしいですよ。これで力を引き出せるデヴァイサーさえ揃えば、言うことはないでしょう」 「ふん……。パイロットがいなければ、KMFといえどただの鉄くずだ」 「姉上………」 なにも本当のことを言わなくても、と、言うだけルルーシュも十分酷い。 「主任のお墨付きですよ。俺は、後方支援のほうが性格的も肉体的にも向いているようだ」 「……後方支援、か」 「えぇ。ジャミングも、戦力分析も、クラッキングも、得意といえますが。正直、それをこなしながらKMF戦が出来るほど俺は器用ではないし、そもそもそんな機能はKMFにありませんから」 「電子戦専用のKMFも、あるにはあるが」 「片手間で出来るようなものではありませんし、そもそもアレは防御力に問題が」 「フン。兄上も、こんな玩具を作っていないでもう少し既存のKMFの向上に眼を向けられれば良いものを」 「それは、他の研究所でもしていますから〜。第七世代を完成、確立させることが、特派の使命なんですよぉ」 根本から目的が違うと、主任がひそやかに口を挟むも、睨まれれば笑顔で黙った。 「いいか。ルルーシュにまたお前の妙な玩具を絡ませるならば、私の許可を取れ」 「しかし姉上、それは……」 二度と無いだろう、という懸念と、総督の地位にいることもある姉を煩わせる手間を思ってか、ルルーシュが困ったように声をあげた。 けれど当然のように、コーネリアは譲らない。 「お前がなんと言おうと。お前がどうして欲しかろうと、お前は私の弟で、お前になにかあればユフィもナナリーも悲しむということを忘れるな。お前のためだけではない」 愛しい妹二人のためだと、言われてしまえばそれまで。 困ったようにしながら、ルルーシュは短く礼を告げた。 この時はまだ、なにもないままだったはずだけれど。 これで事態は動き出す。 ステージは揃い、小道具も役者も、揃って。 さぁ、はじまるのがこれからとなれば。 なんとも長い、前座の終了。 *** 次から一気に七年後です。(ちょ |