初対面は、通された理事長室でのことだった。 学校など、通う必要は皇族であるシュナイゼルにはない。 それでも彼が学校という機関に通うのは、それが今後の人脈作りをするひとつに必要だからである。 名門、名士、貴族ばかりが集められた学校では、既にそこが社交場と同じなのだ。 笑顔の仮面など、身につけて久しい。馴染みすぎて、気の遠くなるものだとしても。格好が必要だったといえば、問題は無いだろう。 兎も角、大して重要でもない理由で、シュナイゼル=エル=ブリタニアは、学校という教育機関に厄介になることとなった。 迷惑なのは、学園側だろうと彼は密やかに息をつく。 皇族が通うとなれば、セキュリティレベルをあげなければならない、なにかあれば、たとえシュナイゼル自身に非があったとしても悪いのは全て学園側ということになる。 厄介な火種を抱え込むものだと、呆れるように重厚な革張りのソファに重心をずらした。 ここで待っているのは、筆頭学友が挨拶にくるからという理由でだ。 学友など、必要ないと言いはしたもののそれでは学園側としても困るらしい。 言うなれば、筆頭学友とやらはシュナイゼルと学園側を繋ぐ門のような存在だろう。 荷物持ちも鞄持ちも太鼓持ちも必要ない。 うんざり、誰にも知られぬよう呆れた。 扉を叩かれる音と、くぐもった声。 興味がなければ、振り返ることもない。理事長が招きいれ、正面に立つことなく膝をついた姿を見やった。 「彼が、当学園の中で最も成績の良いものを示します、ロイド・アスプルンドです。本日より、殿下の筆頭学友を勤めさせていただきます」 膝をつく生徒の代わりに、教員が代弁した。 薄い色の髪を見つめる。 矮躯は、剣術や武術に秀でているとは到底思えなかった。 SPがごまんとつくのだ。 始終傍にいることになる筆頭学友が、細身であることに異存はない。むしろ、これで筋肉だるま達から多少は解放されるのではとシュナイゼル自身少しばかり安堵した。 「シュナイゼル=エル=ブリタニア。ブリタニア帝国第二皇子、第二位皇位継承者だ。よろしく」 「よろしくお願いします。シュナイゼル殿下」 伏した顔のままで、ロイドは応えた。 それは当然の反応であったから、彼は見過ごした。 ロイドの瞳に、敬意も、畏怖も、憧憬も、なにも、宿っていなかったという、奇妙さに。 彼は、気付かなかった。 二ヶ月ほどが経過しても、シュナイゼルとロイドの関係は筆頭学友と、皇子というところが崩れなかった。 だが、その間に情報は入ってくる。 曰く、変人。 曰く、奇人。 曰く、天才。 曰く、秀才。 曰く、天災。 最後のそれはなんだ、という疑問は、知り合って三日と経たず知れた。 なるほど、確かに彼は頭が良い。回転も悪くない。機転もきくだろう。努力の片鱗が見られることから、天つ才というわけでもないらしいが、紙一重の域を超えない。学生なのだ、これからいくらだって伸びることも変化することもあるだろう。 だが、それらは全て天災の一言に飛んでいった。 彼、ロイド・アスプルンド伯爵子息は、見事に他人という存在に対する認識が希薄だった。 周囲の目を気にせず、没頭したことに打ち込んでいく。典型的な科学者の性格をした男は、学内であろうとかまわなかった。 ブリタニア史の授業にいきなり奇声をあげたかと思えば、ノートになにやら数式を書き出し、足りぬとばかりに突然前に出てくると黒板にまで数式を展開していく。 授業が寸断されたのは、一度や二度ではない。 これで成績が揮わなければいくらでもやりようがあったのだろうが、生憎ロイドの成績はその変人ぶりを補って余りあるものだった。 結果、シュナイゼルに謝り倒しながらも教員はロイドの奇行を止めることが出来ずにいたのである。 「ロイド・アスプルンド? そろそろ授業が終わるよ?」 「あ〜。そうでしたかぁ。殿下はもう、お帰りにぃ?」 「嗚呼。SPたちも待っているしね」 「ではさよぉなら。僕はもうちょっとで、計算が終わるんでここにいまぁす」 ガランと人気のない教室で、顔も合わせずに成立する会話。 その間、ロイドは手を休めないしシュナイゼルも携帯端末をいじるばかりだ。 過干渉のない二人は、ある意味理想的であったかもしれない。 だが、皇族に対するものではないだろう。実際それでロイドは何度か注意を受けていたが、彼が直すことは終ぞ無かった。 「ロイド・アスプルンド」 「はぁい?」 「そんなに熱心になって、楽しいかい?」 「えぇ。とぉっても」 手は休めずに、応える。 ぺらりとノートはめくられ、また罫線の上にはびっしりと数式とグラフが並べ立てられていった。 専門ではないシュナイゼルでも、いくらかはわかる。 だが、果たしてこの最終形が何処へ行くのかは見当もつかなかった。 金属比率の計算など、何に使うというのか。 純粋な疑問は、ぽろりと口から出ていた。 今まで動いていた手が止まり、ロイドの顔が上がる。 薄い氷色の瞳が、瞬いた。 シュナイゼルは僅かの驚きをもって、ほとんど反射的にロイヤルスマイルを口元に貼り付ける。 途端、興味は失せたとばかりにまた彼は作業を再開させた。 疑問に答えることさえしない。 「ロイド・アスプルンド?」 「話かけないでくださぁい。僕の数式たちが飛んでいく〜〜」 「ロイド」 「…………あああ、飛ぶ飛ぶ飛んでく。ええぇっとぉ、あ、うん。あ、あれ? もー。あなたのせいで、全部飛んでっちゃったじゃない。どうしてくれるんです、シュナイゼル殿下」 「………嗚呼、私という認識はあったのか」 「ありますよ。そりゃ。僕、あなたの筆頭学友、ってことらしいですし。僕の近くにいるひとなんて、早々いないですから」 で、何の用ですか? 疑問符を頭上に浮かべて、小首を傾ぐ。 皇族として生まれてこの方、興味を抱かれないということがなかったシュナイゼルにとって、それは酷く新鮮な視線だった。 「面白いかい?」 「えぇ〜。とおっても」 「なにをしているんだ?」 「KMFの脚部連結部に使う金属の比率計算ですけどぉ?」 「ナイトメアの?」 「はぁい! いつか、自分で作るんだぁ。僕のナイトメア!!」 「………金属配合から?」 「そうですけどぉ?」 「気の遠くなりそうな作業だね」 「普通のひとならー。でもほら僕、あたまはいーですから」 それさえ、彼のナイトメアにかける愛情が故、なのだが。 努力を怠る相手ではないことを、いくらも顔を合わせぬうちにわかっている。 面白いものをみるように。 今度は、しげとロイドを見やった。 「ロイド」 「はぁい?」 「もう、数年もすれば私は本国でも重要な地位につくだろう。兄上は、政治にも芸術にも―――軍備にも、興味のない御方だからね」 オデュッセイアの無関心は、今に始まったことではない。 反して、シュナイゼルの政治的手腕は名が高かった。 やる気のない兄さえ、それは認めるところである。下から抜かれることを恐れなければならぬ皇族の男子第二子としては、優秀すぎるほど男は優秀だった。 「だから、もし君さえその気があるのなら。ひとつ、場所をあげようと思う」 「研究開発チームを、態々作ってくださる、と?」 「ナイトメア開発の第一線を、他国に譲るわけにはいかない。君ならば、新しい世代のKMF開発が出来るだろうという私の先行投資さ」 金属配合から計算し直すということは、本当に一からだ。 この頭脳が、他国へ渡ってしまうのは余りにも勿体無いし脅威になりかねない。 少しの打算と、興味と、関心とに突き動かされ、どうだろう? と小首を傾げた。 現在、上位皇位継承権者の中でも特に軍に影響があるだろうとされているのが妹のコゥ―――コーネリアである。 だが、彼女は自分が前線に立つことでその影響を他に示している。 見方を変えれば、彼女は開発にそこまでの意識を向けていない。ということにもなるだろう。(無論、彼女とて自分が戦場に出る時に乗るものなのだから興味がないわけではないのだろうが) 「いいんですか?」 「新しいものは、なんでも試してみたいのさ」 子どものように、シュナイゼルは微笑む。 成果が出せなければ、皇族の子であるというだけで潰されるのはわかっている。 だが、ここがひとつ駄目になったからといって潰されるほど、シュナイゼルは無能ではないことを自負していた。 お遊びを含め、ここが新世代KMFをKMFを開発出来たならば上々。 無理でも、ロイド・アスプルンドという頭脳を囲っておける籠になる。 「どうかな? 私の意見に賛同してくれるかい?」 伸ばした手が振り払われない自信が、あるというのに。 笑顔でシュナイゼルは、差し伸べた。 愚者なんて此処にはいない。 *** 途中で呼び方が変わったのは、「ロイド・アスプルンド」から「ロイド」自身に興味が移ろった結果です。とか言ってみます。 |