苦労など今更買う必要も無い




 室内に爆笑が響いた。
 普段仲の悪い褐色肌の科学者と、反対に白衣も相俟って白さの目立つ伯爵が仲良く笑っている。
 セシルは恐縮しきり、ルルーシュは額に四つ角を浮かべていた。
 警備員室から連れられて、主任二人に其々面通しをした時には既に騒ぎは広まっていた。
 当然だ。唐突に、直轄上司でもないコーネリアの連絡は、この部屋に来たのだから。
 改めて説明をされた直後に噴出してくれたのは、我慢していたのかそれとも別の理由か。
 考えたくない話ではある。
「もういいか?」
「えぇ〜。大丈夫ですよぉ、殿下ぁ」
「………。既に連絡がいっているはずだが、俺は皇位継承権は放棄している。その呼び名はやめろ。上司はお前だろう」
「そうは仰られても、ほら。僕一応、伯爵家の人間なんで? 主筋の方に、無礼を働くのは心情的にちょっとぉ〜」
 言う瞳は、けれど楽しげに笑っている。
 嘘くさい。と言えば、否定をされなかった。
 皮肉なのか、単なる揶揄なのか。
 どちらにしろ、食ってかかったところで飄々と流されるだけだろう。
「じゃあ、アタシは名前で呼ぶわよ。いい?」
「お願いします。そのほうが私も気が楽ですから。セシル嬢も、出来れば敬語などは遠慮して貰えませんか。新入りの私に、そうするのは不適切ですから」
「え………、私もですか?!」
「いいんじゃない? ルル本人が、そうしろって言ってるんだし。なかなかないわよぉ? 元とはいえ、皇族とタメ口」
「もう! ラクシャータ!!」
 そんな不敬な真似が出来るはずないでしょう?! と真っ赤になって叫ぶけれど、ルルーシュは失笑した。
「繰り返すようですが、私は親戚のコネで無理矢理働かせてもらうことになった一介の子どもに過ぎません。貴女がそうして硬くなる必要は無いんです」
「ですが……」
「じゃあ、ルルがまず変わりましょうか?」
 助け舟を出すように、ラクシャータがセシルとルルーシュの間に入り込み、にっこりと笑った。
 それに、首を傾けるのが二人ほぼ同時。
 また可笑しそうに笑うロイドを、今回は軽く無視した。
 拗ねてしまう男だが、可愛げのない男は放っておきましょう。という一言により、対処が確定する。
「普通、男の子は一人称に私、なんて使わないわ。もっとこーフランクに、俺ー、とか、僕ー、とか。出来なァい?」
「………お、俺?」
「そそ。それとセシルは敬語禁止。アンタのほうが偉いんだから、恐縮しちゃ意味ないでしょお?」
「う……。でもぉ」
「ほらほら練習してみなさいって! ルルー」
「ルルー………シュ殿下」
「なんで!」
「あの、無理ならそれはもうそれで諦めますが……」
 流石に見ていて不憫になったのか、少年が弱く笑いながら切り出す。
 だが、褐色の科学者は言下にその意見を却下した。
 向き直る瞳は、らんらんと輝いている。
「なぁに言ってるのよぉ。ルルみたいな子どもが、諦め癖つけてどーすんの。ほらほらセシル、練習練習!」
「えぇ?!」
 本人を放って、ラクシャータが楽しそうに言う。
 否、実際に楽しいのだろう。
 その瞳は、紛れもなく輝いていると表記するに相応しい。
 甲高く叫び声をあげ、宥めながらもからかう様子を情けなく男性二人は見守るしかない。
 一方は、これはこれで面白いと単純に喜んでいるがそもそもルルーシュにはこういった側面を喜べる気楽な性格の持ち合わせはなかった。
 嘆息が漏れる。
「………アスプルンド主任」
「あ、僕のことは気軽にロイド、とお申し付けくださぁい。ルルーシュ元殿下ぁ」
「そんなことを言って。ラクシャータに、お前も文句を言われるのではないか?」
「あっはぁ〜。あれは完全にセシルくんからかってるだけですから〜。僕にまで言わないと思いますけどぉ? 基本的に僕ら仲良くないし」
「………よくもまぁ、兄上はここまで奇人変人を集めたものだ」
「え〜? そぉんな。奇人変人の代表のあの人が集めたんですよ? 普通の人が集まるって予想するほうが……ねぇ?」
「非常に賛成したくない意見だ。兄上は、常識人だぞ」
「是非お聞かせしたいその言葉! 今度の会議で、お伝えしておきますよ。シュナイゼル殿下に」
「好きにしろ。それでだ、ロイド」
「はいはい。なんでしょお?」
「ラクシャータを止めて来い。そして仕事をしろ。俺の紹介だけに時間を使うなど愚の骨頂。サボる分はランスロットの経費から差っ引く」
「………ルルーシュ元殿下、本当にあの人の弟ですねぇ。っていうか、僕だけ命令口調なのはどうしてですかぁ。一応、主任なんですけど? 偉いんですよぉ。これでも多少は」
「態度を改めてから言うんだな。ロイド・アスプルンド」
 フルネームで呼んだ後は、ロイヤルスマイル。
 いいから事態を収拾してこいと、半ば押し付けられてロイドは頬を掻いた。
 前方一メートルには、ルルーシュをどうにかして気軽に呼ぼうとするセシルと、完全に楽しんでいるラクシャータ。
 この事態の収拾など、自分がつけられるものなのか。
 小首を捻るが、傍のルルーシュが退くことを赦していない。



「はぁーい。そろそろお仕事しなきゃみたいだよー」



 もしかしてこれからサボるのが一苦労になるかもしれない。
 内心で、ロイドはがっくりと肩を落とした。



***
 ラクシャータは楽しいことがすきそうです。
 セシルさんは結局君付けに落ち着いたようですが。 





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