まさか。 まさかまさかまさか。 こんなところで引っかかるなんて、思いもしていなかったのだ。 まさかまさかまさか。 こんなところが初めの関門になるなんて、欠片も考えていなかった。 小さな部屋に通され、ジュースを出され、目の前に二人。 逃亡されぬように、扉に一人立たれた現状。 口先三寸で丸め込むにしても、この場から立ち去るのは難しい。 考えろ。 どうすればこの状況から抜け出せるのかを。 考えろ。 キングを自分とし、どこにでも動ける最大の戦力ははるか遠くというべきか。 ナイトははじめから外され、ルークもビショップもいない。 否。むしろ、ポーンさえ一つあれば良い状況。 外部からの救出は絶望的。 なんということだと、嘆息さえつきたい気分ではあるがしかし、彼らの前で弱いところを見せる気は沸かない。 「いい加減、教えてくれないか」 一人の男が困ったように言う。 だが、ルルーシュとて困っているのだ。 ちゃんと此方の事情は話した。 信じずに、どこにも聞くことなく子どもの嘘だと言い切るのは彼らである。 「ですから、先程から申し上げているように」 「いいから本当のことを言いなさい」 嗜めてくるような、大人の余裕をみせてくる男に、ルルーシュの低くはない沸点へ着実に近づいていく。 本当のこととはなんだ。 本名がルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることか。 廃嫡された皇子である証明でもみせろということか。 それとも何か。 今すぐ、離宮の警備をしていたゴッドバルト家の誰かに渡りをつければ信用するとでもいうのか。 「私は本当に、シュナイゼル宰相閣下よりこの場所で働く機会を頂いたのです」 「どうして宰相閣下と出会う、なんてことになったんだい。君みたいな子どもが」 離宮に住んでいた頃からの交流ですがなにか。 とは、流石に言い出さなかったが。 もう洗いざらい言ってやろうかとさえ、思ってしまう。 そんな、昔の権力に縋るような無様な真似は耐えられないから、やらないけれど。 「証拠はそのIDカードで充分でしょう」 制服だって持って来ている。 自分の身体に誂えさせた、子どもサイズの特注品だ。 それでも信じない連中に、秀麗な顔が歪む。 「けれどね……。これは本当に、君のなのかい? お父さんやお兄さんのを持ち出したのではなく」 「僕の名前も、写真もついていると思いますが」 「………上から貼り付けてあるわけではないのか」 カリカリ引っかいて、ニセモノではないと判断する人間を容認する限界まできていた。 わかっている。 確かに怪しいのは自分だ。 今日から職員ですと言って、誰があっさり子どもを通そう。 むしろ、職員の子どもだと名乗ったほうが良かったかもしれない。 だが、IDに制服まで用意してくれた安心があったのか口をついて出たのは前者だったのだ。 ルルーシュは、酷い自己嫌悪に襲われていた。 折角時間より早く来て、機材のグレードや進行状況を確かめたかったのに。 これでは全くの無駄だ。ナナリーのお見舞いさえ、少し早めに切り上げてしまったのに。 そう、ナナリーのお見舞いさえ切り上げて………。 切り上げてこの状況か。 なにかがルルーシュの中で、切れた。 嘆息をつき、その直ぐ後は肩を震わせて笑い出す。 くつくつと、はじめは震えることを押さえたままだったが、天井を仰いで笑い出した。 「は、ははははははははははははははははは!」 唐突な笑い声に、大人たちは背を振るわせた。 だが少年は構わずに、一頻り笑った後ぴたりと止めて正面を見据えた。 「申し訳ありませんが、電話を使わせていただいて構いませんか?」 「え? あ、どうぞ。使うかい?」 「いえ。携帯電話を持たされていますので。ご安心ください」 ポケットから、携帯を取り出す。 シュナイゼルは本国であろうが、昼間の今の時分暇だとは到底思えない。 ということは。 「嗚呼、もしもしユフィ。うん、僕だ。この前はおしゃべり出来て楽しかったよ。急にごめんね。………あはは、そんなことないよ。それでね、 ユフィにお願いがあるんだけど、良いかな? ありがとう。姉様に代わって貰えないかい? 兄上はお忙しくて、連絡するのが難しいと思って。 姉様にちょっと頼りたくてね」 『わかりました!』 電話口から、快活な声が聞こえ、それから『姉様に取り次いでくださいな』という幼い声が聞こえてくる。 状況の読めぬ三人は、只管に頭上にハテナマークを飛ばすばかりだ。 ユーフェミアはまだ幼いこともあり、ほぼ全くメディアの前には姿を現さない。 そのため、声もなにも知られていないことのほうが多い。 五分ほど間を置き、もしもし? と漏れ出でた声に、一人が固まる。 「先日は、結構なものを頂きありがとうございました。リア姉様」 『ただのお茶代だろう? そんなことよりどうした。お前が私に連絡をとるなど』 「少々困った問題が発生いたしまして。兄上に連絡を取りたかったのですが、流石にお忙しいでしょうし。近々、エリア6の首相との会談も 入っておられるのでしょう?」 『嗚呼。なんだ、その読みは正しい。今日にでもと飛んでくる様子だったそうだ。本当に、兄上の秘書官にでもなったほうがよほど良いのでは ないか? ルルーシュ』 「職を斡旋してもらいましたので、その心配は無用ですよ。それで、お願いなのですが」 『そうだったな』 「実は、兄上から直轄部署の研究所に研究補佐として入るよう紹介をしてもらったのですが、警備員の方々が信じてくれなくて」 『………IDや制服は用意したと、兄上から聞き及んでいるが。それでもか?』 「それでもです」 『………ほう』 「なので、大変申し訳ありませんが姉上。僕のIDが本物であると、証言していただけませんか? まさか、神聖ブリタニア帝国の第二皇子シュナイゼル 宰相閣下直轄部署を内包する研究所の警備員が、貴女の声を間違えるとは思えませんし」 『今すぐ映像を繋げてやる。電話を切って待っていろ』 「イエス・ユアハイネス」 『お前は私の弟だ。―――怒るぞ』 「すみません、姉様」 苦笑し、少しだけ待っていろとの言葉に電話を切った。 わからない顔のままの三人へ、冷笑を浮かべるままのルルーシュ。 待つことしばし。けれど、知らせてきたのは建物からこの警備員室まで走ってきた白衣の女性だった。 「一体なにをしているんですか?!」 「え?!」 白衣をはためかせ、扉を慌てて開いてきた彼女は肩で大きく乱れた息を整わせながらガバっと顔を上げる。 「今すぐ彼に謝ってください。コーネリア第二皇女殿下から、今、ホットラインがあって………」 その名に、ルルーシュと駆けつけてきた女性以外が固まる。 血の気の降りる音さえ、聞こえてきそうだ。 「この方は、シュナイゼル殿下から直接こちらの研究所に配属されたルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下です………!!」 悲鳴が上がった。 「いえ、私は廃嫡されていますし、既に皇位継承権も放棄していますので今はただのルルーシュ・ランペルージなのですけれど」 生憎、平謝りに謝り続ける警備員と研究員らしき女性には聞こえていないようだったが。 *** IDカードを持って、制服をもっていても、普通こんな子どもが「今日から職員です」なんて言われても信じられないと思います。 ルルーシュが怒ったのは、ナナリーとの時間減らしてまで来たのにこんな下らないことに囚われなければならなかったから。 |