お茶を淹れようとしたけれど制され、代わりに彼女の騎士であるギルフォードが淹れるべく席を立った。 彼がコーネリアの命令しか聞かないことを、ルルーシュはよく知っている。 彼女の騎士である二人は、仮に皇帝からであろうとそれがコーネリアの意志にそぐわなければ従わないだろう。 皇族の中でも、評判の高い男たちである。 余計に茶を淹れてもらうことに苦を感じたが、それを顔には流石に出せなかった。 ユーフェミアは、にこにこと笑っている。 歳の近い兄に逢えたことが、余程嬉しいのだろうと簡単に予想はついた。 マリアンヌが死んだことは、勿論知っている。 だが、何故ルルーシュが王宮を離れこんな市井に一人身を落としているのかは知らないはずだ。 眼で問い掛ければ、肩を竦められる。 それで、大方の説明に納得がいった。納得ついでに、了承を返しておく。 己が境遇を卑下するわけではないが、彼女に悲しい顔をさせる気はまるでない。 そのための嘘ならば、喜んでつこうというものだった。 「さて。久しぶりだな、ルルーシュ。変わりなくなによりだ」 「ありがとうございます。コーネリア殿下」 「ルルーシュ」 「けじめは必要です。私にも、あなたにも」 不満げに返される声であったが、冷静に返す。 けじめは必要だった。 もう自分は、皇族ではない。 現在、皇位第三位に位置するコーネリアとそこまで高くはないけれど当時のルルーシュ以上に高かったユーフェミアに対等の口を利くことは赦されて良いはずがない。 ここは神聖ブリタニア帝国。 なによりも階級を重んじる国家である。 仕方無さそうにしながら、それでも苦笑を浮かべるのは彼の決心をわかってのことか。 けれど、幼いユーフェミアには納得がいかないのだろう。 じたばたと、身体を沈めそうなほど大きな椅子の上で手足を振るった。 「だめです! わたくしは、いまでもルルーシュがたいせつなのですから!」 そのようにたにんのようにおっしゃられては、いやです! じたばたと駄々をこねる義妹に、困った顔を浮かべる二人だ。 コーネリアとて、わかっている。 だから強固にいえるはずもなかったが、彼女はこの歳の離れた妹にすこぶる甘かった。 視線が、ユフィだけでも駄目かと問うてくる。 また、ここでユーフェミアを甘やかす要因としてルルーシュは妹達にひどく甘かった。 とはいえ、庶民の出であるマリアンヌと親しくしようなどという奇特な妹はユーフェミア程度であったため、実妹のナナリーとユーフェミアに限られるのだけれど。 「………わかったよ、ユフィ」 仕方なさそうにしながら、それでも頷けば。 花が咲くように、ユーフェミアが微笑む。 笑みだけで、ほっとするのだから彼女の穏やかさ、柔らかさ、優しさがわかろうというものだ。 「それで、お二人はどうして此方に? お忙しいでしょうに」 「なに。可愛い弟のその後が心配なのは、なにもクロヴィスやシュナイゼル兄上だけではないということだ」 「えぇ! それに、わたくしもルルーシュにおあいしたかったですから!」 むしろ妹の意見か。と、それで何といわれようと判断出来た。 普段は一歩たりと後宮から出る必要のないユーフェミアが、姉と一緒にいるのが良い証拠だ。 適当な理由をでっちあげて、彼女を連れ出したのだろう。 ユーフェミアが外に出ること、危険に触れることを極端に嫌がる彼女ではあるが、己と己の騎士達がいる場所にまでその警戒をするほど愚かではない。 「ありがとう。ユフィ。僕も、逢えて嬉しいよ」 にっこり微笑めば、にこにことした笑顔は更に満ちていく。 きらきら輝く笑顔で、うれしいですって! と姉に報告すれば、此方はもう蕩けてしまいそうなほど相好を崩していた。 「お前の様子が気がかりでな。とはいえ、監視されるなど業腹だろうし、私も直接お前に会いたかったのさ」 元気そうで何よりだと、其れ以上は言わぬ義姉がありがたい。 この分では恐らく、ルルーシュがなにをして稼いでいるか、それに対しての貴族からの報復なども耳にしていることだろう。 けれど、コーネリアはなにも言わなかった。 深く腰掛けた椅子は、背丈に丁度あっている。 堂々とした様子で、臆することがない。彼女は、恥じ入る思いもなにもさせず、ただ姉としてこの場にいた。 「ユフィ」 「なんですか?」 「もう少し、時間は大丈夫かな」 「えぇ! もちろんです! ね、ねえさま!!」 「あぁ……。大丈夫だ、今日は視察という名目で出てきたからな」 帰りが遅くなろうと、どこかの貴族に捕まっていた、とかなんとか言えば誤魔化しくらいいくらでも利くだろう。 言って、低く獰猛に笑う。 通じなければ、押し通すと根っからの体育会系の眼は、その実ちらとも笑っていない。 だが、慣れたものなのかユーフェミアにしろルルーシュにしろ笑顔のままだ。 その豪胆さこそを褒めるべきだろうと、扉の傍に控えたままのギルフォードとダールトンは思った。 「じゃあ、紅茶をもう一度淹れてくるよ。折角だから、もっとお喋りをしようか!」 「よろこんで!」 歓迎の意志を感じれば、コーネリアは暗に良いのか問うてくる。 それに、ちらとだけユフィへ視線をやればありがとう、と目礼された。 守られている花のような少女は、義兄とのおしゃべりの時間が延びたことをひたすらに喜び。 その笑みに癒されるように、二人はティータイムを満喫した。 *** 彼女らは本当に、「来ただけ」です。 でも、きっとちょろっと口座のゼロが二つ三つ増えてるかもしれません。お茶代、とかいって(笑 |