手帳に一本線を入れる。 同時にかかってくる電話。 ブリタニア本土では普及率は高いが、ナンバーズと称される彼らに所持は赦されていない。 本来皇族であるルルーシュにも必要無いものであったが、今は必需品だ。 予定を入れて、電源を切った。 ここから先は病院だ。 マナーを守るのは、皇族である以上にヒトとして当然のことだろう。 見慣れたエントランスを潜り、受付に挨拶をしていく。 彼の出自を知る者は、院内には多い。 こうして頻繁に皇族が訪れるなど、緊張以外の何者でもないのだろう。 引き攣った医局の人間に、申し訳なさそうに頭を下げた。 一応、既に皇族から除籍されている連絡はいっているはずなのに、それでもこうして固まられるのだから不便で仕方が無い。 逆に看護士たちは慣れたもので、気軽に声をかけてきてくれる。 保護者である母を失ったというケアも兼ねているのだろうが、それ以上に彼女らのファンシー好きにもまた頭が下がる思いだった。 親しげに声をかけてきてくれることや、自分たちの休憩用のお菓子をこっそり分けてくれるところもありがたい。 内緒よ。そう言って渡してくれる仕草は、先日の一件以来顔をあわせていない幼馴染の少女を思い出した。 皇族から除籍された以上、アッシュフォードの世話になるわけにはいかない。 彼らに返せるものなど、なにもないのだ。 けれど、それでも当主ルーベンは笑って語った。 『あなたのような子どもから、なにかを取り立てようとするほうが可笑しい』 と。 好々爺のそんな表情に、ルルーシュの肩から幾許かの力が抜けた。 結局、どうしたって子どもである。 当座の生活費は離宮でも無事だった調度品を売り払い、それを元手にすることにした。 売るまでの段取りを全て決めたのはルルーシュであったが、行動はルーベンにとって貰った。 いくらなんでも、子どもと取引しようなどという気まぐれを起こす商売人はいない。 そんなものがいたら、それはもう商売人失格だろう。 腐っても皇族が愛用していた調度類。 流石に、叩き売り程度であったとはいえそれなりの金額が手に入った。 勿論、これで十年生活しようなどと考えてもいない。 ただ今は、妹の入院費を確実に手元に残せればそれで良かった。 「ナナリー」 病室前で立ち止まると、ノックをしながら扉を開ける。 窓が開いているのは、今日の天気を考慮してのことだろう。 明るい日差しと、柔らかく肌に優しい風。 木の葉がざわつく音が、入ってきていた。 「お兄様、ですか?」 「うん。調子はどうだい? 嗚呼、顔色がいいね」 「今日は、お天気なのですね」 「そうだよ。空に、雲が浮かんでる。ナナリーの髪みたいに、ふわふわだね」 「まぁ」 持って来た花を花瓶に生けながら、ルルーシュは笑う。 ナナリーも、穏やかに微笑んだ。 けれどルルーシュは知っている。本当は、彼女は少しお転婆で、悪戯も好きな、闊達な少女であったと。 こんな風に、お淑やかな様を見せることは少なかったと。 事件以来、ナナリーは極端な感情を表さなくなった。 同時に、物静かな少女へと変貌した。 悪いとは言わない。このナナリーとて、ナナリーだ。最愛の妹である。 だが。 本来の彼女を、明るく笑っていた彼女を。 奪い取ったというなら、ブリタニアはまた赦せない国になっていく。 「今日のお花はね、ガーベラとカスミソウ。ガーベラはピンクと黄色。周りにはカスミソウがいっぱい」 院内のお花屋さんには、もっと沢山のお花があるから。 今度連れて行ってあげるよ。 そう言って、幾本か抜き出した花をナナリーの手に触れさせた。 途端、嬉しそうに頬を綻ばせる。 「お約束ですよ、お兄様」 「勿論だよ。ナナリー」 おどおどと伸ばされた手に、しっかり自分の手を重ねる。 離れないように、離れないように。 何も心配しなくて良いのだと、言葉より瞳より確実に、握る手の強さで教えた。 開かない瞼が上がり、ようやくほっとしたように微笑む。 「大丈夫だよ。ナナリー。お前は僕が、守るから」 少年の切ない言葉に、少女はただはい、とだけ呟き返した。 優しい日差し。 穏やかな風。緑の馨り。 窓から入ってくる、子どもの笑い声。 せめて今しばらくは、二人きりにさせようと。 扉の外に立っていたルーベンは、踵を返した。 *** 連載二作品です。終わるのか、これ……(ぉ 子ルルが、なんだか既に十七くらいの貫禄つけてます。おおおおorz A.F.の出番は一先ず終了。ミレイさん出したがるのは、私の悪い癖ですね(苦笑 |