母が身罷った。 目の前の大きな扉を前に、吐息をつく。 アポイントをとらなければ会えぬような男を、果たして本当に父などと呼べるだろうか。 答えは否だ。 ルルーシュにとって、家族とは今は亡き母と病院で苦しんでいる妹しかいない。 親しい子どもも何人かはいたけれど、親しいだけで家族ではない。 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア第十一皇子、ご入場です!」 高らかにあがる声を無視しきって、ひそひそとさざめく声も遮断する。 この場は敵地。 全ては敵でしかない。 「母が身罷りました」 言えど、やはり男は眉一つ動かさない。 母の葬儀には出ない。 妹の病院に見舞いさえ来ない。 これで本当に父などと呼べるものか! ルルーシュの胸の内は、荒れ狂う。 「皇位継承権などいらない。ですが―――私達の生活の保障はしていただきます」 継承権なんて、いらない。 そんなものが、母の命を、妹の足と光を奪ったものなら、いらない。 ルルーシュの幼い声と、なによりその言葉に、皇帝がようやっとほんの少しだけ反応を返した。 それに、いい気味だという思うこともない。 「当然でしょう。いくらブリタニアが力を第一とする国家といえ、最低限の人権、生活は法律で保障されているはずだ」 まさか皇帝自らその法を犯しますか。 突きつけてやれば、気に入らないとばかりに眼を眇められる。 恐怖が、足の先から頭まで駆け巡る。 けれどここで退くわけにはならぬのだ。 何故なら、彼には妹がいる。 後見をしてくれていた、アッシュフォードがある。 彼らのためと、なにより自分のためにも、価値を示してやらなければならない。 でなければ、政治の道具としてどんな眼にあうかわからない。 「なにも、あなた方に生活の一切の面倒をみろ、なんていいません。こんなところで頼り切ったら、それこそいつ殺されるともしれない」 痛烈な皮肉に、周囲がざわつく。 本来、国で一番警備体制が万全なはずの後宮である。 そこに侵入した、テロリスト達。 一応は決着がついているが、ルルーシュの発言は内部犯だと言っているも同様。 「自分のフィールドであんな事件が起きたのに、ロクな調査も出来ない無能な皇帝に用はない。けれど、私達には先立つものがない。 アッシュフォードは、母の後見をしてくれたという恩があります。これ以上面倒をかけるのは、心苦しい」 「ではなにを求める。ルルーシュよ」 無能呼ばわりされたことにも反応しない男に、紫の瞳が突き刺さる。 蚊ほども気にしない理由は、年季か。 それとも、ルルーシュをただの子どもと見込んでか。 「ナナリーの入院費、それから、今まで私達が生活するうえでかかっていた資金、全て算出して提出してください。お支払いします」 今度こそ、周囲の貴族、皇族たちのざわめきは大きくなった。 当然だ。 庶民の出ゆえに、大した教育はなされていないと思われがちだが、腐っても皇族である。 そもそもの基準が違う。 それを、こんな子どもが借金扱いにして返済出来るようにしろと申し出てきたのだ。 驚かぬほうが可笑しい。 「あてはあるのか」 「なくてもなんとかします」 間髪入れぬ物言いに、傍の秘書官へ顎で示した。 すぐさま、頷いて扉の傍へ寄っていく。 同意されたのがわかったのか、棒読みでルルーシュは礼を述べた。 「それから、もう一つ」 「なんだ」 「早世をお祈りしております。皇帝陛下」 憎悪をもって吐き棄てて、未だ少年の声しか持ち合わせない彼は肩にかかるマントを乱暴に打ち払った。 緋絨毯の上を、いっそ堂々と去っていく彼の姿に誰も声をかけることが出来ない。 皇帝への雑言など、前代未聞。 それが皇子からのものとなれば、尚更だろう。 しかし、この一件が問題になることはなかった。 何故なら、相手は皇位継承権を捨て去ったただの子ども。 ただの子どもが謁見の間に入れるはずもなく、皇帝に面通しが叶うはずもない。 故に、その雑言はなかったことにされた。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという、存在と共に。 *** 恐ろしい連載第二段です。 今度こそ終わるのか、これ!! とか、絶対同じ設定いくつも他の神様方が書いて下さっているだろう!! とか悲鳴あげつつ。 爛れたぷらとにっくロイルルを目指すですよー。 |