Cui placet obliviscitur, cui dolet meminit.




 人払いをされたクラブハウス。
 しんと静かな中。
 いるのは三人、女性二人、男性一人。
 クラブハウスの主、本来であれば広大な学内を統括する一族の主であるひとが、ホストだからと紅茶の用意をしてきた。
 シフォンケーキはきっと、紅茶だろう。
 甘くない生クリームを添えられて出されれば、沈黙を割るように視線が上がった。
 ミレイにとって、彼は主である。
 それは、立場がどうなろうと変わることではない。
 ミレイにとって、彼が主なのだ。
 また、カレンにとっても彼は主だった。
 主であり、守るべきひとである。
 彼女たちはそれぞれ、自分が守るべきひとが誰なのかを理解していた。
 だからこそ、解せない。
 何故、相手がいるのか其々わかっていない表情だった。
「さて。説明をしておかなければならないことがあってな」
 尊大というには、柔らかい声音。
 驚いたのは、まずミレイである。彼のこんな口調、聞いたのは何年ぶりだろうか。
 皇族としての威厳をたっぷりと含ませた声。
 それだけで、誇りたいほどの感情が胸を溢れさせる。
「ミレイ。彼女は、私の守護者をしてくれるようになった。名前、事情、その他一切は、もうわかっているな?」
「はい。しかし、守護者。ですか? ―――騎士ではなく?」
「彼女は半分日本人だ。占領国の文化など、本来であれば歯噛みしたいほど不快なものだろう」
 ブリタニア人にとって騎士という存在は名誉なことだけれど、それ以外は果たして如何なものか。
 言えば、聡明な彼女らしく直ぐに首肯した。
「では、此方の都合も話されるのですか?」
「そのつもりで、君の同席を願った。忙しいのに、すまなかったね」
「いいえ。貴方のためでしたら」
 細い指先が、ティーカップを持ち上げた。
 一口、口にしてから、膝の上で手を組む。
「カレン、彼女は、以前私の婚約者だった。私の本来の名を知る、数少ない人物だ」
「本名? それは―――、どういう」
「私の本名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの長子、神聖ブリタニア帝国第十一皇子が本来の出自だ」
「………アッシュフォード家は、今は亡きマリアンヌ様の後見を務めさせていただいていたの。その関係上、年頃の近い私と殿下は婚約者だった、ってわけ」
「もっとも、母の死をきっかけに私は皇位継承権は放棄しているし、対外的に日本に送られ戦争で死亡したことになっているから、皇族としての証明はこの 流れる忌々しい血だけでしかないがな」
「………皇族……」
 所作や、憎しみの度合い。他にも見てきたあらゆるものを総合すれば、それは確かに予想のひとつではあったけれど。
 まさか本当とは、思っていなかったためかぽつりと零された言葉にルルーシュは平素と変わらぬまま注釈を加えた。
 皇族という言葉など、紙一枚の価値もないと言わんばかりの調子で。
「君の憎い皇帝の、数多いる息子の一人だ。先日の言葉、撤回しても仕方ないと思っている」
「冗談じゃないわ。私は、誓ったのよ。そう易々と誓いを破る女だと、思わないで頂戴」
 乱暴にシフォンケーキへフォークを突き刺せば、ルルーシュは肩を竦めた。
「改めて。ゼロ番隊隊長、紅月カレン。ゼロの護衛、及び前線での戦闘を主に行っています。この度、彼の身辺警護をする許可もいただきました。よろしく
お願いします。ミレイ・アッシュフォード嬢」
「此方こそ。殿下のバックアップは我々アッシュフォードの義務であり責務と考えていたけれど、租界は兎も角純粋なブリタニア人である私達はゲットーへ まで行くことが出来ない。彼をお守りするのは、お任せします。紅月カレン」
 嫣然と微笑むミレイに、紅の守護者がしっかりと頷く。
「ミレイがまさか、ゼロの活動にあんなに理解があるとは思わなかったよ」
「あら? だって、殿下のようだと常々思っておりましたもの。言われたら、納得するくらいしかありませんわ」
「隠し通していたと思っていたのは、俺だけか」
 少し拗ねたようなその態度に、どちらともなく花が笑う。
 テーブルの一輪挿しに揺れる花を、指先で揺らした。
「どう思う? カレン。彼女のこの、神経の太さ」
「あなたの傍にいる女性は、それくらいでなければやっていけないかと。神経の細やかなあなたに、揺らがない私達なら丁度良いのではなくて?」
「俺の味方はいないのか」
「失礼な。これ以上ないくらいの、最高の味方二人に向かって」
「本当だわ。ちょっと酷いわよ? ルルーシュくん」
 軽い口調で双方からステレオで言われてしまえば、流石のルルーシュもお手上げという様子だった。
 ミレイという、理解者と。
 カレンという、守護者を両脇に控えさせて。
 歩む修羅の道が、彩られたように明るくなっているのを、まだルルーシュは曖昧としか理解していなかったようだけれど。
 今はそれで、充分ともいえた。



***
 理解者、ミレイさん。守護者、カレン。
 そもそもポジションが違う二人。
 ミレイさんは、只管にルル及び守れなかったヴィ・ブリタニアの二人のため。
 カレンは、自分の願いであり祈りであり望みであり希望のため。
 少しずつ立ち位置が違う二人です。でも、だからいがみ合いもない二人。





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