ミレイはじっと眺めていた。 美しい少年だ。 本来であれば、こんなところにいる必要は無いだろう少年だ。 美しい宮で、美しい庭で、美しい言葉と、醜い人々と、一握りの優しい人の中で。 美しく微笑んでいられたはずの、少年だ。 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの存在を、少しだけ彼女は覚えていた。 美しいとは、彼女のようなひとのことをいうのだろう。 優雅な仕草、決して驕らない態度、穏やかな微笑み、たおやかな口調。 上品とは、彼女のようなひとのことをさすのだろうと。 会ってはじめて、思った。 あの頃はまだ、彼も普通に笑っていた。 皇族の醜さには、気付いていただろう。 けれど、この聡明なひとは其れ以上に自分さえ突出しなければ平穏に終わると信じていたに違いない。 皇帝のおぼえが良いとはいえ、所詮庶民の母をもつ子。 皇位継承権の争いに、参加出来るはずもない。 それで良かった。 アッシュフォード家とて、彼ら親子に利を求めたわけではない。 ただ、潰されてしまうには惜しい人であった。 理由なんて、祖父が笑って言った一言くらいのものだろう。 それで良かった。 「………ミレイ?」 「気がつかれましたか? 殿下」 「………うん」 血の気はまだ戻っていないのか、その顔色はかなり悪い。 そっと手を握り、拒絶されないか怯えていれば彼がふと笑った気がした。 「ねぇ、ミレイ」 「はい」 「夢をみたよ。母様が、まだ生きてらした頃の夢だ」 「まぁ。マリアンヌ様が?」 「うん。ナナリーもね、元気に走ってた」 「素晴らしいですわ」 「それでね、ミレイと一緒に、追いかけてたんだ。ナナのこと」 「では、七歳くらいの頃でしょうか? 私が殿下と一番親しくさせていただいていた頃」 「多分。―――楽しかった………ぁ………」 少し寝ぼけていたのも手伝ったのか。 彼の言葉はどこか舌足らずで、甘くて、自分達の本来の姿を思い出させるものだった。 ゆっくりと腕が動き、手の甲で彼は自分の涙を隠してしまった。 未だ動かされない手に力を込める。 「………殿下」 「―――」 「どうぞ、危険なことだけはなさいませぬよう。マリアンヌ様も、ナナリー様も、わたくし達にはお守りすることが出来ませんでした。この上、 殿下にまでなにかあれば………」 「なに言ってるんですか、会長」 「殿下………」 「心配する必要なんて、ありませんよ。俺なら、大丈夫ですから。バトル向けじゃないのは知ってるでしょう?」 そういうのはスザクが専門。 俺は後ろで作戦指揮でもとって、命令するのが専門。 危険なことなんて、していません。 茶化すように笑っていた少年は、あまりにも普通で。 つい先程までの、ほんの少し時間が戻ったような。優しい声も、泣きたくなってしまいそうなほど穏やかに流される声も。 全てがなかったことに、されてしまったようで。 そんな風にされては、彼女は"会長"に戻るしかなくなってしまう。 ルルーシュ・ランペルージを守りきれなかったアッシュフォード家の娘から、ただ一緒に莫迦をやっては騒ぐしかない会長様。 泣きたくなる気持ちをぐ、っと堪え、気丈に彼女は笑った。 起き上がったルルーシュが、暗にそれで良いと笑いかける。 「ええ、そうね。ルルちゃんてば、運動からっきしだから」 「俺は平均です」 「ん? んん? そぉんなこと言って良いの? 持久走はビリから何番目だったかしらぁ………?」 「う……。ど、どこでそれを……」 「いや〜ぁ。生徒会役員が、ひとつのクラスに固まってるっていいわねぇ〜」 「リヴァルか! アイツ………!」 「おほほほほ〜。もうちょっと体力つけなきゃ駄目よぉ? ルルちゃぁん」 知っているけれど。 彼が弱っていく理由が、ただ筋力をつけるだけでは改善しないことなど。 知っているけれど。 お祭り好きの会長様として、言えることなんてなにもなかった。 頼ってくれる限り、尽力はいくらだって惜しまないのに。 彼は、頼ってくれないから。いつだって、一人で戦おうとしてしまうものだから。 だから、彼女は涙を隠して笑うしかない。 一緒に戦えないなら、いつもの日常を維持し続けるしかない。 それだけが出来ることと、信じるしかなかった。 *** 枝話そのいちです。 ミレイ→ルル。 二人きりになっても、そう易々と"殿下"とは呼ばないでしょうが。お目こぼしください(苦笑 |