Certa amittimus dum incerta petimus.




 光に気付いた。
 それで、今が朝だと知る。
 だるい。動きたくない。重苦しく、思考に靄がかかっている。
 靄の正体はわかっている。
 だが暴きたくなかった。
 動きたくない。見たくない。知りたくない。
 そうして身を縮こませていたかった。
 大抵のことなら受け入れる覚悟はもうずっと出来ていた。それこそ、兄の死からずっと。
 けれど、これは。
 いくらなんでも予想外にも程がある。
 カレンは嘆息した。
 動きたくない、行きたくない。こんなこと、はじめてだ。
 ひとつ息をついて、彼女はもそもそとベッドから起き上がった。
 見たくない、聞きたくない、知りたくない、行きたくない、動きたくない。
 けれど其れ以上に、現状に甘んじていたくはなかった。
 朝だというのに、三度目のため息が漏れる。
 この体育会系の思考を、どうにかしたほうが良いと考えながら。
 これ以上仕合せを逃さないためにも、今日はもうため息をつかないようにと心に決めた。

 黒の騎士団本部について直ぐ、扇に呼ばれているといって顔を出せばゼロが呼んでいるのだという。
 すぐさま頷いて、踵を返した。
 数日来、会っていない。それは、彼が倒れたせいもあるし、其の前に作戦行動がひと段落ついたことも理由の一つであった。
 軍ではないのだ。レジスタンスをしていようと、彼らは彼らの生活がある。
 兼業レジスタンスなど笑えないが、キョウトの援助を受けられるようになるまでなにしろバイク一台確保することさえ手間取っていた程だ。
 技術者を余るほどに抱え込んでいるわけでも、団員に給料を払えるわけでもない。
 そんな金があったら、活動資金に回している。
 生活もある、レジスタンス達。休息が必要なのは、当然だった。
 首領は、どうやらその全てを両立させていたようだったけれど。
 ため息をつきそうになる自分を慌てて抑えて、カレンは扉の前に立った。
「ゼロ。カレンです。お呼びと聞き、参りました」
「嗚呼、入ってくれ。ロックは外れている」
「失礼します」
 中からのくぐもった声に、直ぐにドアを開ける。
 背後で扉が閉まれば、室内はノートパソコン以外の光源は見当たらなかった。
「先日は、手間をかけたな」
「いいえ。体調はもうよろしいのですか?」
「問題ない。―――こんな口調は、もう君には可笑しいか。カレン」
 苦笑を漏らされる。
 やめて。
 言葉は声にならなかった。
「これも、もう少なくとも君の前では意味は無いか」
 やめて。
 外さないで。
 見せないで。
 自覚させないで、理解させないで。
 やめて。
 言葉は声にならなかった。
 ならないものは、通じようが無い。念でも感じ取れなどと、理不尽は流石に言えない。
 ゼロが仮面を外す。
 カレンは、自分が息を呑む音を確かに聞いた。
「ま、俺のほうも学校は行けていたから心配はないんだが」
 ふるりと被りを振って、張り付いていた髪を払う。
 マスクを外してしまえば、そこには見慣れたクラスメイトがいた。
「………ルルーシュ、君………」
「騙していて、と。怒ってくれてかまわない。だが其の前に、礼を言わないとな」
「お礼?」
「ベッドに運んでくれたのと、誰にも言わなかったこと。学校でも、詰め寄ってこなかったし」
「だって、それは……。当然じゃない」
 自分でも認めがたかった。
 言うということは、口に出して自分にも聞かせるということだ。
 それは、どうしても怖かった。
「どうして……仮面なんて、していたの」
「ゼロは、なにもないんだ。偶像なんだよ。日本独立、ブリタニアの打倒。それらのために、必要な偶像。顔が見れなければ、想像するだろう ? どんな顔なのか、本当はどんな姿なのか。注目を集めるのは、組織をまとめる手法の一つだよ」
「そう……。確かに有効よね。ディートハルトとか、思いっきり傾倒してるじゃない。あなたに」
「アレはアレで、行き過ぎなんだがな」
 呆れたように肩を竦め、苦笑を漏らす。
 こうして対面している限り、彼はルルーシュに見えた。
 ゼロの格好であるにも関わらず、皮肉屋で腹立たしくて、でも妹想いのお兄ちゃんにしか見えなかった。
 アッシュフォード学園という、美しい箱庭で冷たく笑っているルルーシュ・ランペルージにしか見えなかった。
「……そう。ナナちゃんは? このこと、知ってるの?」
「いや。言っただろう。ここにいるのは、ゼロだ。ナナリーという妹をもつ、ルルーシュはここにはいない。ゼロには誰もいない。親も、兄妹も、 愛するひとも、愛していたひとも。なにもない、誰もいない。だから、言い置くひとなど誰もいない」
 正しくゼロ。
「じゃあ、ゼロでなくなったら?」
「大切な妹と、一緒にお茶の時間をするよ。大切な日常を愛する。そうだな、七年来の友人に勉強を教えてもいい。学校の友人達がやらかし た、莫迦の後片付けを文句言いながら奔走するのでもいい。そういう、日常を愛するよ―――ブリタニアを、憎みながら」
「器用ね。あなた」
「褒め言葉だ」
 ルルーシュ、ゼロ、ルルーシュ。
 どちらで認識して良いのかわからず、結局カレンは今目の前にいる相手をどう定義して良いのかわからなかった。
「悪かったな、カレン」
「どうして謝るの?」
「大方、C.C.が勝手に仮面をとったんだろう。あの女、勝手な真似ばかりする」
「じゃあ、今後せめて私以外の前では倒れないようにせめて飲む毒物の量は減らしなさい」
「無理かな。俺は、なにも警戒せずにいられるほどお人好しに出来てない」
「そういうところは不器用なのね」
「話はそれだけだ。俺の正体を言い触れるのでも、構わない」
 出来ればやめて欲しいが。
 言う彼の姿勢がどこか退廃的なものを、匂わせているのもあるのだろう。
 何故か、むっとした感情が胸に沸いた。
「失礼するわ。―――あなたが誰であれ、言いふらすなんて真似しないわ。莫迦にしないで」
 背中を向けても、止められることはなかった。
 廊下の明るい光に、一瞬目を眇めれば短い間にドアにロックがかかる。
 思わずのように、背中を預けた。
 自然、握り締めていたらしい手を動かせばぎしぎしとどこかぎこちない。
「話たのか」
 角を曲がってやってきたのは、団内でも目立つ容貌の一人、C.C.だった。
 室内にいなかったからどうしたのかと思えば、その両手にはピザの箱が積まれている。
 聞くだけ野暮かと、肩を落とした。
「坊やがお前に、バラしたか」
「えぇ。知ってたのよね、あなたは全部」
「知っていたさ。私は、あの男がゼロを名乗る前から知っているからな」
「―――じゃあ、どうしてあなたは彼を支えないの。彼の理解者にならないの。共犯者なんて言っていないで、」
 理解者になればいい。
 そうしたら。
 きっと、ゼロはなにも無いなんて。少なくとも言わなくなるはずなのに。
 ルルーシュ・ランペルージであり、ゼロという一人の人間になれるはずなのに。
 そうしないのはどうしてだと言外に問えば。
 疲れた様子もなく、冷めていくピザを気遣いながらC.C.は口を開いた。
「言っただろう。私は魔女だからな。魔女は、自分の利のために動くことは出来ても誰かのために魔法を使うことは出来ないのさ」
 だから本当の意味での理解者にはなれない。
 理解をしようとした途端、魔女は永劫の呪いから契約者にあらゆる災禍を被せてしまうことだろう。
 魔女が魔女として出来ることなど、高が知れている。
 魔女は不幸にするしか出来ない。
 契約という名で、力を授け。混沌と孤独の道を押し付け、そして共に罪を犯すしか出来ない。
 そこに理解という優しさは、存在しない。
「だからお前でいいのさ。カレン。理解なんて、しなくてもいい。ただ、ルルーシュの後ろを守ってやっていてくれ。支えるには、あれの神経は 聊か細かすぎる。細かすぎて、お前を傷つけるだろう。だから、いいんだよ。後ろで見てやっていてくれ。裏切らず、利害など関係なく」
 罪を犯すものとしてではなく。
 熱狂的で盲目の信奉者になるのではなく。
 傍にいる存在として。
 いてあげてくれ。
 困ったような泣き笑いのような、そんな笑みを、カレンは見た。
 C.C.のそんな表情ははじめてで、かえって彼女のほうこそ混乱してしまう。
「私の意見は、それだけだ」
 長い髪を翻し、彼女はカレンに背を向けた。
 追いかける言葉は無く、伸ばした手は届かない。
 届いたとしても、やはりなにを言って良いかわからなくて結果は変わらなくなっただろう。
 答えは決まっているはずなのに。
 はっきりと口にだせる覚悟が決まらなくて、カレンは俯いたままどうしたら良いのよ、と、短く吐き捨てた。
 迷う道はまだ無数に存在する。



***
 無理矢理な展開だと思いつつ、長いかなぁと思いつつ。
 もうちょっとですのでお付き合いお願いします。
 ルルが死ぬところまでは書けなくなりました、すいません。いや、それやるとどっかの吐血隊長みたいになりそうなんで。
 それは流石に嫌なんです……。(肝心なところで役に立たない代名詞、吐血隊長





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