Vive hodie.



 当然のことだけれど。
 生きているなら、限界があって。
 制限があって、リミットがあって。それは、許容量とも言うべき器で。
 生きているから、当然なのだけれど。
 時折忘れてしまって。
 酷く絶望しては、打ちのめされる。己の浅慮さ。
 だって彼だって人間なのに。
 私こそ、それを覚えていなければいけなかったのに。
 ガウェインがドックに収容される。
 広域殲滅型ナイトメアであるガウェインは、ゼロとC.C.の専用機だ。
 追っ手のほとんどを、文字通り灰燼に帰して帰還したのは、カレンが水分を補給している最中だった。
 戦闘中は、当然ながら興奮状態にある。
 ナイトメアから降りると涼しく感じるのは、なにも気のせいではあるまい。篭る空気以上に、身体が熱を帯びているのだ。
 いつもの通りエンジニア達から、飲み物を貰って飲んでいると轟音を立ててガウェインが戻ってきた。
 そこから、普段は二人降りてくる人影が一つしかない。
 白い衣装。黒の騎士団には相応しくないほどの白さに、眉を顰めた。
 彼女の服装に対して色々と発言がなされたが、彼女にしろ彼にしろ答えはひとつ。
「この女だからな」
「私は仲間じゃない」
 それだけだった。
 彼女は、あくまでもゼロ個人の協力者であり共犯者であり共謀者である。そのスタイルを、彼らは崩さなかった。
 それが故に、彼女はゼロと共にナイトメアを駆りゼロと同室になりゼロの正体を知っている。
 メコ、と、あまりの感情の発露に飲み物の容器が指の形にへこんだ。
「C.C.!」
 降りきっても出てこないもう一人の姿に、不安感が宿る。
 降下のツールも遠ざけてしまい、ガウェインには彼一人だけになってしまった。
 戦闘データでも分析しているのかと思ったが、それにしてはC.C.を先に帰らせてしまうのが妙だ。
 それに、戻れば一度は顔を見せてくれる。そういう律儀さを知っているがゆえに、不安は高まっていった。
「なんだ」
「ゼロはどうしたの」
「さぁな。私はアイツのママじゃない。先に行けというから、降りてきただけさ」
「ふざけないで! 戦闘中にどこか怪我でも?!」
「まさか。私が操ってやっているんだ。それに、大きな傷もないのは見てわかるだろう?」
 慌ててメカニックやエンジニア達を振り返るが、気付いていないのか普段と変わらぬ素振りのまま埃落としや損傷チェックをしていた。
 悲鳴が上がらないということは、確かに大きなダメージを受けたわけではないのだろう。
「じゃあ、どうしてゼロが出てこないの」
「さっきから言ってるだろう。知らない」
「C.C.!」
 踵を鳴らして去っていこうとする彼女の手首を、反射的に掴んだ。
 ライトグリーンの髪が、緩やかに振られ不快の宿る金色が見える。
「あ……っ。ごめんなさい………」
 手を離そうと、視線を落として。
 気付いたそれに、息を呑む。
 彼女が気付いたことに、魔女も気付いたのだろう。
 自分の不手際さを呪うように、舌を打ち手を振り払おうとしたが逆に握る力を強めて失敗に終わる。
「………離せ」
「嫌よ」
 静かな言葉だったが、双方共に本気だった。
 視線が絡み合えば、冷ややかさと激情が其々に見える。
「離せと言っている」
「嫌、って。言ったわ」
 またしばらくの間が降りた。
 周囲は、整備で忙しく雑音を響かせている。
 けれど二人の周りだけは、何故だかしんと静まり返っているように錯覚された。
「……怪我は、どこもしてないって言ったわね」
「………」
「じゃあ、この袖口についている血はなに」
「………」
「答えて!」
「………私の血だよ。満足か」
「するわけないじゃない。だったら、もっとあっさり言うもの」
 見縊るなと、燃え立つような赤い髪そのままの空気できっぱりと拒絶を示す。
 答えるまで離さない。
 意志を体現するかのように、また少しだけ手首を掴む力が込められた。
「痛い。離せ」
「あなたが教えてくれたら、離すわ」
「………」
「………」
「………嗚呼、ゼロの血だ。別に怪我はしていない。ただ少し、吐いただけだ」
「血を?!」
「そうだ。―――だが、中に入っていこうなどとするなよ」
「なに言ってるの! だって、ゼロが!」
「あの男は、全部わかっている。自分の状態も、自分の限界も。わかった上で、出撃すると決めたんだ」
 だから、今無意味に心配するのは。
 あの男の、自己判断を疑うことになるぞ。
 琥珀に輝く瞳が、冷徹さを保ったまま告げれば二の足を踏んでしまう。
 そう、それに、吐いた血がC.C.のパイロットスーツを汚したというのなら。
 彼は今、仮面をつけていないことになる。
 ゼロが自ら明かしてくれるまで、待とうと決めた自分を裏切ることになる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 葛藤は、随分長いようにも短いようにも思われた。
 一度ダン! と足元を鳴らし、噛み締めていた奥歯を解く。
 乱雑に握っていた手を払えば、乱暴だと、文句が灰色の魔女から零れ落ちた。
「いいわ! 行かないから! ゼロが降りてきたら、絶対!! 医療班のところへ行くように言ってね! 私、用意するから!!」
「なんで私が」
「それくらい譲歩しなさい!!」
 言葉を遮り、カレンはバタバタと荒い足音を立てながらドックを出ずにラクシャータの方へ一目散に向かって行く。
 恐らく、言っていた通り医療班の用意を彼女に頼むのだろう。
 自分がするより、誰が適切か。心配であっても、そこまで配慮出来るあたり、彼女の冷静さが見て取れる。
 同時に、自分では此方の方面では役に立てぬという落ち込みもあっただろうが今は大事なゼロが優先らしい。
「慕われているな。――だが、どうして私が怒鳴られなければならない」
 お前のせいだぞ。
 今頃、ようやく整った息でぐったりしているであろう共犯者へ、文句をつける。
 手首を擦る頃には、C.C.の口元に優しい笑みがともっていたことを誰も知らない。



***
 急展開のままですが、大丈夫。プロット通りです(つまりプロットが急展開…
 PCが物凄く重いです。まだ50G残ってるのに……。





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