Vena tangenda est.




 え?
 いつも通りの日常。
 カレンには黒の騎士団の活動はあるけれど、そうそう休んでもいられない生徒会の仕事。
 会長がサボって書類を溜め込み、スザクは軍、シャーリーは部活、ニーナはなにやら美術館。
 結局、逃げそびれたカレンとリヴァル、ルルーシュの三人が仲良く手早く書類を片付けて。
 いつも通り、ミレイの思いつきに反論して笑ったまま、真っ白な顔で。
 ルルーシュは、倒れた。
 息を呑んだミレイと、慌てたリヴァルとは反対に、カレンの動きは迅速だった。
 この生徒会室は元々、少女が倒れても出来るだけ痛くないように絨毯敷きになっている。
 人間の身体は、そう硬くは無い。打ち付けても、バウンドするのがその証拠だ。
 だからカレンは慌てなかった。
 中途半端に椅子にかかっていた足を抜いて、横にして、足を上げて自分の鞄やすぐ傍に落ちていたルルーシュの鞄で高く固定する。
 貧血ならばこれで良いが、顔色が明らかに悪い。
 なにをしているのか。
 こんなこと、あの心優しい少女が知ったら悲しむはずだ。
 最優先はナナリーならば。こんな失態、この男らしくない。
 きゅ、と、カレンは唇を噛み締めた。
「貧血、かしら」
 対応が早かったことをミレイに礼を言われながら、彼女は場所を譲った。
 ミレイの顔もまた、常と比べ物にならないくらい真っ青だったせいである。
 二人の違和感をカレンはどことなく感じ取っていた。
 普段はただ仲の良い先輩後輩なのに、気付くと気遣っている。
 ミレイのほうが。
 少し、不思議な光景で印象に残っていたのだがこれで確信になった。
 後輩が倒れたにしては、彼女の挙動は少し大げさが過ぎる。
「あの。会長、」
「会長ー、とりあえず、ルルーシュの奴保健室に運んだほうが良くない? 今日、咲世子さんいないんだろ?」
「えぇ。ナナちゃんとお買い物に行くって……。そうね、保健室のほうが安全ね」
 ついでに血圧でも測ってやろうかしら! 表情を切り替えていうが、そこにいつもの元気はない。
 空気を読むことに長けているリヴァルも、陰を感じ取ったのだろう。
 一際明るく、ポーズをつけてドアの前に立った。
「俺、担架かなんか借りてくる! あと、先生もいるよな?」
「そう、ね。あんまり大事にしないで、保健の先生と他一人くらいでよろしく。ルルちゃんが知ったら、顔真っ赤にするわ」
「それで、その後俺たちが八つ当たりされるんだろうなぁ。了解っ!」
 た、っと走っていくリヴァルの背を隠すように生徒会室の扉がしまった。
 音も無く閉まるそこを、ミレイが空ろに見やる。
「会長……?」
「え、あ。や〜ね、ちょっとボーっとしちゃった! 疲れたのかしら」
「びっくりしたんだと思います。目の前で倒れる人がいたら、普通驚きますから」
「そうよね。カレンは驚かないんだ?」
「えぇ。私もよく驚かれましたから」
 楚々とした風に言えば、ミレイが失笑した。
 彼女は数少ない、カレンの事情を知る人物である。
 細い指先が、黒い前髪を払った。
 微動だにせぬまま意識を失っているのは、疲労か毒か。
 思って、後者かと苦い表情を浮かべた。一般学生は、普通自分のように二重生活など送らないと頭を振る。
「カレン? どうしたの?」
「あ、いや……。倒れるまで、ルルーシュ君の体調不良に気付けなかったの、情け無いなぁ、って」
「ルルちゃん、限界まで堪えちゃう子だから仕方ないわ。―――なにも言わないひとに、なにかを言わせるわけにはいかないもの」
「会長……?」
「なにが怖いのか、教えてくれないの。割と付き合い長いけど、本気で笑っているのをみたことあるのはきっとナナちゃんだけね」
 微笑んでいることは、儚い花のような少女の前が一番多い。
 哀しいのは、その姿を少女自体は見ることが叶わないことか。
 想いあう美しい兄妹は、なのにどこかがすれ違ってしまっている。
「咲世子さんにも話さない。当然よね、ナナちゃんにもわからないように細心して砕身してるんだもの。私が知れるわけないわ」
 切ないけど。仕方ないわよね。
 苦笑交じりに、幾度も幾度も。ルルーシュの額を撫ぜていく。
「会長……。ルルーシュ君、が、」
「ん〜?」
「………いいえ、なんでもありません」
「そう?」
 首を縦にするだけで、彼女は応じた。
 赤い髪が、眼の端に映る。
 ちらちらと揺れる髪は、普段バンダナとセットで戦闘中でもないかぎり滅多に視界には収まらない。
 髪の赤色が、眼に映るせいだと思いたかった。
 彼の顔色が真っ青なのも、毒物に慣れすぎていて時間が無いように見えそうなのも。
 そんな緊張状態を、日常に馴染ませている彼の姿も。
 全部全部。
 気のせいだと思いたかった。
 けれど、走ってくる音が聞こえる。あれは、リヴァルと呼んで来た先生達の足音だろうか。
 同時に、制服のポケットに入れている携帯電話が震える。この番号を知っているのは、黒の騎士団の人間だけだ。
 活動の正確な日時や、内容が決まったのだろう。
 最終案まで詰めて、あとは扇や藤堂たちが決め、それを伝えられることになっていた。
 目の前にあるのは、気のせいだと思いたいものばかりなのに。
 世界はリアル過ぎて、逃げることも出来ない。



***
 ルルがどんどん弱っていきます。
 急展開過ぎたと思います。反省しています。しかし反省が生かされる機会がなさそうです。orz
 学校もまた今のカレンには日常の一部だと思います。





ブラウザバックでお戻り下さい。