Incipe. Dimidium est facti coepisse.




 昼休み。
 彼とともに赴いたのは、屋上だった。
 風が吹きぬけていって、気持ち良い。
 コンクリートの粉のようなものを孕むゲットーの風とは、大違いだ。
 そんなところにさえ格差を見せ付けられたようで、カレンはぎゅっと唇を咬んだ。
 つれてきた相手は何も言わない。
 昼飯を食いはぐるとも、早く言えとも、言わなかった。
 ただ、言い出すのを待っている。
 そんな風だ。
 しばらく迷った。迷って、決めて、それでも少しだけ揺らいで、波は大きくなって、迷って。
 逡巡はそう長く続いていなかったはずだ。
 意を決して、口を開く。
 危険性を少しでも感知したら、殺す。
 躊躇い無く、過不足なく。自分の身体能力が、ルルーシュを大きく上回っていることを彼女は良く理解していた。
「ルルーシュ君」
「なんだい?」
「あなた、今のこのブリタニアをどう思う」
 疑問符はつけなかった。
 答えろという意志を、突きつける。
 わからなかったはずもない男は、少しだけ迷うようにした後に蔑んだ笑みを浮かべた。
「嫌いだね。大嫌いだ」
「そう。どこが」
「皇帝の掲げる、思想が嫌いだ。嗚呼、確かにこの世には平等なんてものはないんだろう。だが、意図して格差、差別を強化しておいて、言うことか?」
「まったくね。他には」
「強者のみが生存を赦されるという、ことが嫌いだ。赤ん坊にまで強者でいることを強いる気か? 自分は生まれた時から皇族だったのだから、強者だったと?
 莫迦な。自我も持たぬ赤ん坊に、強者も弱者もそんな概論通用されてたまるか。答えはひとつ。ぬくぬくと守られたからだよ」
 自分は守ってもらって、守ってもらって。
 そうして、強者という地位を得たくせに。
 他者が守られるのは、いけないという。弱者だと、切り捨てるという。
 なんて冗談だと、ルルーシュは一笑に付した。
 そんな彼に反応を返すことなく、カレンは頷く。正直彼女には、皇帝の思想は腹立たしいものがあってもどうでもいい。
 彼女にとって重要なのは、結果彼らブリタニアが自分達の論理を振るって自国を侵略した。その一点に過ぎぬ。
「このエリア11はどう思う」
「どうとも。……ここが日本という国家だった最後に時間、俺とナナリーは少しだけ住んでた。もうその時には緊張状態だったから、日本を見ることも出来なかったけど」
 夏の緑の美しさだけを覚えている。
 そんな風に、ルルーシュは締めくくった。
「他言無用にして欲しいことがあるの。その代わり、私もあなたが今言ったことは、絶対。誰にも言わない」
 皇族に対する批判は、それだけで重罪だ。
 まさかたかが高校生一人の発言にかまけているほど国も暇ではないだろうが、そういう思想をもった人間が居る。と、下手をすれば軍にマークをされかねない。
 彼がただの民間人ならばかまわない。
 けれど、彼はあの枢木スザクと最も親しい人間なのだ。それくらい、軍も無能ではないのだから調べればあっという間に知られよう。
 そうなった場合、軍からのマークだけでは済まされない。任意同行程度はありそうだ。
 ただでさえ、現在コーネリア率いる総督軍は黒の騎士団の協力者探しに躍起になっている。
「俺に、なにを?」
「―――黒の騎士団に、入る気はない?」
「……ブリタニア人だぞ。俺は」
「そうね。でも、ブリタニア人の協力者も名誉ブリタニア人の協力者も、いるって話じゃない」
 人種で区別はしない。
 弱者であれば、助ける。
 強者であれば、挫く。
 それが黒の騎士団。ゼロを首領と仰ぐ、彼の唱える正義を正義を貫く彼ら。
「………残念だけど」
「――! あなた、毒まで飲んでなにと戦ってるの?! ゼロがブリタニアを倒せば、この国は静かになるわ! やさしい世界が、やってくる! そんな危険な真似をおかさなくても、よくなる日が絶対来る!」
 ナナリーにだって!!
 言い募ったカレンを、射抜くような紫色の瞳が捉えた。
 一瞬、右目が赤く見えたのは。気のせいだろうか。
「………ナナリーは、確かにブリタニアのいう弱者だ。光を失い、歩行能力を奪われた彼女は、弱い。――そんな弱い彼女の手を離して、俺がどこかへ行くわけにはいかないだろう」
「あ………」
 唐突に理解した。
 そうか、彼はおにいちゃんなのだ。
 強くて優しくて、莫迦なひとだとずっと思っていたけれど。
 兄は、ブリタニアとのハーフである自分をずっと守ってくれていた。
 懐かしい影が、重なる。
「ゼロの謳うやさしい世界が。強者が弱者を虐げない、やさしい世界が。はやく完成するように、願ってる」
 願うだけでは、前には進めない。
 待っているだけでは、いつかいつかと望んでいるだけでは。
 そんないつかなんて、絶対に来ない。
 ゼロが自分達を前に言った言葉だ。それも真理だとは思う。
 けれど同時に、誰も彼もがブリタニアを倒すことだけが生きることの全てではないと知った。
 ルルーシュ・ランペルージにとって、やさしい世界は"ナナリーという最愛の妹がいてこそ"のもの。
 優先順位の違い、というやつだろうか。
 屋上の扉が軋む音を立てて、閉まった。
 彼は仲間にならないと知ったのに、後悔はなかった。



***
 プロットには数行でも、文にするとこんなものですよね……。(遠
 本当はもう一つ、ネタを入れたかったのですが、長くなりすぎるのでスパンと切りました。
 余裕があれば別verとしても書きたいですが……、無理だな。(きぱ





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