毒の摂取の一番の理由は、無論毒物に慣れるためだ。 勿論、致死量をいきなり口にするわけにはいかない。 けれど、長い時間をかけて少しずつ摂取すれば、多少の耐性はついていく。 それで充分だった。 いきなり致死量の毒を盛るほど、暗殺者とて愚かではない。 徐々に徐々に弱らせて、そして気付けば死んでいた。病死とされるのが、一番後腐れがない。 多少違和感や不自然さが滲んでいたところで、日常茶飯事なのだ。 誰も深くは気にしない。 毒物を含んで、それで死なない時間が長ければいい。 結局、毒薬に耐性をつけるなんてことは時間稼ぎにしかならない。 だが、耐性をつけるにはその毒物に身体を馴染ませなければいけない。 毒薬なのだ。 僅かな量ずつとはいえ、身体に馴染ませる時間と量は確実に身体を蝕む。 少なくとも、身体を弱らせるには十二分すぎるほどだ。 どちらに転んだところで、死に近づく。 カレンは危険性を知っていた。 だからこそ判断出来たのだ。 そんな危険な眼にあうリスクを、あの小利口な男が気付かないわけがない。 それを承知でいるとしたら。それはどんなに―――、 「カーレーンー? どうしたの?」 「あ、いや! ななな、なんでもないです!!」 井上の言葉に、慌てて顔を上げる。 KMFドッグの端で、訓練をしていたのだ。 一定のデータが取れたから小休止をしよう、という言葉に頷いてから二十分。 まさか、ここまで長く彼のことを考えるとは思いもよらなかった。 「なァにぃ。恋バナ?」 「え゛」 「え?!」 「なになに、それはどういうこと?!」 即座に、わっ、と数人の女性が集まってくる。 慌ててカレンは首を横に振った。顔が真っ赤なのは、当然だ。 勿論、全員わかっていてやっている。 彼女が好きなのは、仮面で顔を隠した首領―――ゼロ。 正体不明ながら、ここまで一レジスタンスだったものを大きくしたカリスマの塊である。 とはいえ、恋愛沙汰を好むのはどこでも同じか。 エースパイロットながら、年少の部類に入る彼女に、全員姉のような態度で興味深げであった。 「ホント、違うんですよ! もう、なんで皆そう楽しそうかなぁ?!」 「だぁって、楽しいもの?」 含むように笑うラクシャータに、ドッグ内の女性全員が一様に頷いた。 男性陣に助けを求めようとしても、無駄だ。 知らぬ振りでいるか、両手を合わせて拝み倒している。 あたしは大仏か! と、カレンが火を噴きそうになったのも仕方あるまい。 「いやだから! うちの学校の男子で、ちょっと、こう………」 「気になる子?」 「じゃなくてぇ!!」 「ほらほらラクシャータ、茶々入れない」 井上がくすくすと笑って、科学者を押し留める。 つまんなぁい、と、唇を尖らせる割に、楽しげな様子は少しも薄れたところはない。 「毒に、身体を慣らしてる奴が、いたんですよ……」 「………」 先程まで、からかって遊んでいた空気がその一言で成りを潜める。 変わりに、冷えた空気が全体に重く圧し掛かってきていた。 「なにそれ。なに系?」 「毒薬の名前までは、ちょっと。よく貴族相手に使われる、毒物です。肺に初期症状が出始めますから、妙な咳をしだしますね」 「あぁ……。なんとなく、わかるわ。それを常用してるって?」 「恐らく。ブリタニア人なんですけど、なにかと戦ってるんだな、って思ったら、ちょっと」 ………仲間になってくれるかも。 なんて、期待を抱いて。 本当にそれだけなんですけどね! 顔を上げたカレンに、ラクシャータと井上は其々眉を寄せた。 井上は、空元気にしか見えない彼女を心配して。 ラクシャータの心配は、別のところで。 「今度、学校で聞いてみたらぁ? それとなーく。美形だったら大歓迎」 くるん。と煙管を振るって、ラクシャータが茶化すように言う。 「そうね。ブリタニア人の協力者は、多いほうがいいし」 ゼロ自身がブリタニア人であるということを、古参の人間や幹部、一部キョウトの面子は既に知っている。 そうであるが故に、たとえ敵対国家の人間といえど、無意味に反発している者は黒の騎士団内に少なかった。 日本解放戦線などは徹底的に日本人のみを唱えたが、今のエリア11にはブリタニア人も多い。 彼らの協力を得られれば、動き易さに拍車がかかることをゼロは予め言い続けていた。 信頼はせずとも、信用されているディートハルトなどが良い例だ。 「とりあえず、ゼロに聞いてきます!」 すっくと立ち上がったカレンに、意味も無くその場にいた女性陣がお〜〜と拍手をしだす。 意気込む彼女は、背後に炎があがっていた。 そのまま、ダッシュでドックの階段を上がっていくカレンに全員が緩く手を振った。 別に軽く話しをする程度、ゼロに聞くことは無いのでは。と、井上が呟いたのは、既に赤い髪が見えなくなっていた頃だった。 *** とりあえず地均しです。 さて、ギャグパートに出来るのがもう無いぞ、と。(ぉ |