宝玉戦争。




 其の時の彼の表情を見て、あまり面白くない思いをしたことを、ロイドは覚えている。
 まるで、親が子にするような。
 兄が下の兄弟にするような。
 優しい、慈愛に満ちた瞳。
 少し遠くを見るようにして、薄く微笑んで。
 彼が此方を見ていないことなど、知っているはずなのに。
 ただ、日の光の下にいられれば、それで満足だというように。
 微笑んでいた表情を、覚えている。
 印象が強すぎた、ということはないはずだ。
 だって別に、なにか特別なことはなかった。
 少なくとも、ロイドの記憶にはそう刻まれている。
 笑う少年、笑う少女、それを少し離れたところで、満足そうに眺めている少年。
 それだけだったはずなのに、強く脳裏に焼きついた映像。
 面白くないと、過ぎったのは不快感というより棘のような痛みだ。
 何故気にかかっているのかは、わからない。
 人間って不思議。それが、ロイドの感想だった。
「ロイド」
「おんやぁ? シュナイゼル殿下ぁ」
 ども。
 本来であれば最敬礼が必要な宰相に対し、ぺこりと礼をするだけで終わらせるロイドに、傍のバトレーが悲鳴を上げそうだった。
 シュナイゼルが笑顔で制したが、ロイドは感謝をする風もない。
 無機質なものばかりが転がるここは、優美なアヴァロンではなく元特派本部でもあるトレーラーの中である。
 忙しい宰相は、滅多に来ない。
 いくらアヴァロンが特派の本当の本部とはいえ、はフロートシステムを搭載されている現行一機の浮遊戦艦だ。
 シュナイゼルは、アヴァロンで移動を行う。
 そのため、主不在が多い特派は、結局いつものトレーラー暮らしを余儀なくされていた。
 もっとも、あんな豪勢なところ窮屈すぎるから丁度良い。という、整備の人間の意見もあったりするのだが。
「どうしたんですかぁ? こぉんなところへぇ」
「こんなところ、とは、ご挨拶だな。私の直轄部署だよ、ここは」
「あっはぁ〜。そぉでした。では殿下、何故に特派へ?」
「ちょっと、気になることがあってね」
「なんだろ。予算の無理な申請はしてないし、デヴァイサーの休憩はちゃんと法律に基づいてるし、事務書類は期日守ったし」
 そのどれも、副官であるセシルのおかげだが、この主任は頓着していなかった。
 頓着するようであれば、はじめから彼女のフォローは必要ない。
 それを思えば、当然かもしれないが。
「君に話があるんだよ」
「僕にぃ?」
「そう。婚約、したんだって? 教えてくれても、良かったじゃないか」
「あ〜ぁ。そういえば、しましたねぇ。他のことが面白いから、忘れてた」
 話はせめて主任室で、という言葉に頷き、狭い廊下を通ってドックに程近い主任室へ入った。
 私室というには物が無いが、仮眠室というにはケーブルに繋がったままのパソコンや、書類が溢れかえっている。
 いくつかの数値を詰め込まれた紙を退けて、座れるスペースをベッドの上に作るとロイドはそこへ上官を促した。
 当然、珈琲を淹れるなどということに気が回るわけはない。
 シュナイゼルもそれはよく承知しているためか、別段気にする様子はなかった。
「挨拶に行ったほうが、良いかな?」
「やめてよぉ。ただの元学友でしょう。いちおー筆頭学友だったけど、向こうが恐縮しちゃうよ」
「アッシュフォード家といえば、名門だ。今は没落してしまったが、閃光のマリアンヌ様がいらした折には隆盛を誇っていたはずだよ」
 恐縮されることはないだろうといえば、女子高生は普通恐縮するでしょ。と、なんでもないことのようにロイドは肩を竦めた。
 言われたほうも、歳の差は気にしない。
 上流階級の結婚に、自由意志が挟まる余地など先ずない。
 年齢差の大きな二人が結婚することも平然とあった。中には、親子以上の歳の差の夫婦とているのだ。
 まだ彼らの歳の差ならば、良心的と言って良いだろう。
「嗚呼そっかぁ。殿下見てたら思い出した。あれ、マリアンヌ様みたいなんだぁ」
「……マリアンヌ様が、どうかしたのかな?」
「んー? 僕の婚約者の学校って、特派が場所借りたり、ランスロットのデヴァイサーが通ってたりするんだけどねぇ〜。そこで、なんか雰囲気似てる子がいたんだよ」
 引っ掛かりが取れたといって、あ〜あ〜そっかぁ〜〜〜、などと、間延びした声をあげるロイドに、シュナイゼルは疑問符を浮かべる。
「マリアンヌ様に?」
「そ。閃光のマリアンヌ様。フレームだけだった機体を、彼女はよく動かされたよねぇ」
 いいなぁ、ランスロットのデヴァイサーに欲しかったなぁ。
 ぱたぱたと手足を動かせば、白衣が同じように動いた。無いもの強請りとわかっているけれど、彼女がランスロットに乗ったらどうなるのか。
 ある意味の親心が、疼いた。
「今思えば、ちょっと似てたかなぁ。マリアンヌ様に」
「それは。美人な子だったんだね」
「うん。でも、ざぁんねんでしたぁ。僕が見たの、オトコノコだったけどねぇ」
「……ほぉ?」
「なぁにぃ、その間。興味あるのぉ、殿下」
「マリアンヌ様にそっくりな子を一人、知っているからね。―――もっとも、既に死んでいるが」
「え? あ、あ〜あ。ルルーシュ殿下、だっけ? エリア11制圧時に、そういえばお亡くなりになってたねぇ。マリアンヌ皇妃様のご長子」
「よく覚えているな。KMFにしか、興味が無いんじゃなかったのかい?」
「あのねぇ、いくら僕でもそれくらいは覚えてるよぉ。いまだに社交界だと、話でるもん。覚える気なくても、覚えるって」
 十年経って忘れられない、皇位継承権を捨てると宣言した小さな皇子。
 庶民の母を持ちながら、誇り高く愚かだったと評判の皇子。
 それもそうかと同意して、金色の髪をゆらし笑う。
「穏やかそうで、苛烈そうで、綺麗だったなぁ。スザク君と知り合いっぽいし、紹介してもらおっかなぁ」
「随分、珍しいことを言っているね。ロイド」
「あっはぁ〜。だぁって、綺麗だったから」
 綺麗なものは、好きなんですよ。僕。
 笑う科学者に対し、宰相にまで上り詰めた男が綺麗に微笑む。
「知っているよ。ロイド。ところで、私も綺麗なものが好きだということを、知っていたかな?」
「いいえぇ〜。初めて知りましたぁ」
「では、覚えておくといい」
「ざぁんねんでしたぁ! 僕、興味のないことは、直ぐに忘れちゃうんですよねぇ〜、これが」
 アイスブルーの瞳が、笑みというにはひどく酷薄に細まる。
 それに、シュナイゼルは穏やかさを以って微笑み返した。
 既にそれがなにかの合図であるように、視線がそらされることはなく微笑みあう。
 その頃、まさか話題にされているとは知らない紫色の瞳をした当人は、何故か連発するくしゃみに悩まされていた。



***
 シュナイゼルとロイドさんにルルを取り合って欲しかったのですが、なんかこー、微妙に力尽きました。
 100本目がこんなgdgdでごめんなさいorz
 ガチなシュナ様を書きたいです。正直最初はこれシュナロイだったんだ(遠





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